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 ここでないどこかから聞こえてくる呼び声が、深遠へと沈みかけたフルベを呼び戻した。










 真紅に染まる視界。たゆたう異形の者。ここでないどこかではなく、今目の前にあるこの光景こそが、フルベを呼び戻し繋ぎとめる。――生へと。
 未練などありはしないというのに。



「――のう、エイシ」



 軽い羽ばたきが耳朶を打った。
 足元の定まらない世界。立ち上がり、フルベは手を伸ばす。
 ここでないどこか。それはここ以外の全て。己がどこから来てどこへ行こうとするのか、フルベは知らない。知ろうともしない。
 飛来した烏が鉤爪を立てることなく、器用に彼女の肩で羽を休めた。



「知っておるか?」



 バサッ



「妾[ワラワ]はとても強欲じゃ。強欲すぎて、泰山府君[タイザンフクン]にも嫌われてしもうた」



 けらけらと、壊れたようにフルベは笑う。ただしその行為が彼女の容貌を貶めることはない。
 漆黒の烏はただその様子を見つめていた。揃いの色をした瞳だけが、一人と一羽の繋がりを物語る。



「だから、のう?」



 伺うように息を潜めたフルベの肩から、エイシは飛び立つ。空はなく、目の前にはただ真紅の世界が広がっていた。




「教えておくれ」




 極上の絹を鮮血で染め上げた、フルベの最も好む真紅の着物がこの世界には溶け込んでしまう。
 エイシには、それがとてつもなく恐ろしいことのように思えた。



「妾は、誰じゃ?」



 貴女は――。






























 世界に愛されてしまった。









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