ヴァンパイアフィリア。――それがあたしにつけられた病名。酷い言われようだと思う。好血症なんて、まるでおまえは吸血鬼だと言わんばかりじゃないか。
「――立花 夕里が、ここに宣言する」
立花夕里[タチバナユウリ]。今年で十八の高校三年生。性別・女。身長・一六七センチ。髪・最近切ってないからちょっと伸びたけど黒髪のショート。目・同じく黒。持病・ヴァンパイアフィリア、あるいは吸血病、あるいは好血症と呼ばれる血を好む症状を示す病気。趣味・
「あんたの負け」
吸血鬼狩り。
宣言された勝利によって、あたしの目の前で無様に這いつくばっていた吸血鬼が青い炎と共に燃え上がり、やがて灰と化す。その灰を持っていた携帯灰皿に詰め込んで、あたしはさっさと埃臭い廃ビルを後にした。
日はとっくに暮れていて、見慣れない街並みに青白い夜が覆いかぶさっている。
(最近多いな…)
あたしは生まれながらに吸血鬼を殺す術を知っていて、殺すことの出来る力を持っていた。何故知っているのか、何故持っているのかは自分でもわからない。でも、一つだけ理解していることがある。
吸血鬼はあたしの命を狙っている。殺らなければ殺やられるという現実を前に持てる力の行使を躊躇うほどあたしは博愛主義者じゃないし、偽善者でもなかった。
目には目を、歯には歯を。遠い異国の法典に則って、ではないけど、あたしはそうすることを選んだ。だからまだ生きている。
なんて行き難い世の中なんだろう。「人間ではないから」なんて薄っぺらい言葉が、命を奪う免罪符になるはずもないのに。
「――混血の臭いがするな」
ぴちゃりと粘着質な水音がして、あたしは立ち止まる。歩きながら考え込んでいたらしい。おかげで気付くのが遅れた。致命的でらしくないミス。
鼻につくのは夜の冴え冴えとした空気に薄められて尚存在感を主張する、血の臭い。
異質な気配がねっとりと肌を撫でた。
「名を聞こう、我が同胞を手にかけし者よ」
限りなく満月に近い月の下、片手に大きな塊をぶら下げた男が少し先の曲がり角から姿を現す。塊は死んだか気を失ったかした人間で、男は口元を真っ赤に濡らした吸血鬼。
「立花、夕里」
あたしは夕飯もまだでヘトヘトだ。
「憶えておこう。お前は優秀なハンターであるようだからな」
「それはどうも…」
闘って勝てる状況ではないと分かっているのに、目の前の男相手に逃げおおせられるとは到底思えないせいで、足の裏は地面に縫い付けられたように動かない。
もしかすると、あたしはここで殺されてしまうのかもしれない。
「だが残念だ。お前がハンターである以上、私はお前を倒さねばならん」
嗚呼やっぱり。
「何か言い残すことがあるなら聞いてやろう。敬意を表して」
あたしはここで終わるのか。こんなところで、まだ十八にもなってないのに。
(白馬の王子様の出前とか、ないかなぁ…)
因果応報の名の下に。
「――――」
夕里と名乗った若きハンターへ死の祝福を与えようと持ち上げた手は、風に紛れ届いた空耳ともつかぬ言葉の前に凍りついた。
まさかと、掠れきった声が零れる。
遅れて現れた気配と影は、夜よりも深く濃い闇を纏い舞い降りた。
月光の下にありながら光を宿さない瞳が刹那のぞき、すぐに長く伸びた灰色の髪に覆われる。
「聞こえなかったのカナ?」
コールは戦慄した。灰被りの吸血鬼は嗤う。自分の物だと言わんばかりに夕里の体を抱き竦めながら。
「小生は失せろと言ったんダヨ」
言葉がそのまま力となってコールの存在を圧迫した。喘ぐようにしか呼吸できないという屈辱に歴然とした実力を見て、コールはさっとその姿を闇に溶かす。
灰被りは前髪に覆われた容貌を純粋な歓喜に歪めた。
「――もうダイジョウブ」
囁けば、夕里はぴくりと肩を揺らす。
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