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 扉の向こうには何もない事を確信しつつ、だからこそ微かな力を行使しつつヴィラスはドアノブを捻った。



「ただいまー」



 間延びした声をあげ、後ろ手に扉を閉ざす。



「お帰りなさい、ヴィラスさん」
「ただいま、マルクル」



 港町の喧騒が離れ、階段の上まで出迎えてくれたマルクルに笑みを向けたところで、ヴィラスは漸く不自然な音に気付いた。



「ハウルが帰ってるの?」
「それが・・」



 肉の焼ける臭い。だけどそれは顔を顰めるようなものではなく、普通に台所からかおるようなにおいで、香ばしく食欲をそそる。



「・・・誰?」



 暖炉の前に居たのは見慣れぬ後ろ姿。



「助けてくれよヴィラス!」
「へぇ、凄い」



 そしてその手元でフライパンの下敷きにされた火の悪魔はヴィラスに助けを求め声を上げた。
 ヴィラスはさもおかしそうに口元に手をあてると、見物を決め込むため階段の上でそっと手摺に背をつける。



「あ、ハウルさんおかえりなさい!」
「おかえり? お疲れのようだね、王子様」



 ヴィラスの視線は暖炉に向けられたまま。



「ただいま」



 自分を一瞥すらしない視線を釘付けた光景を目にとめ、階段を上りきったハウルは静かに暖炉に歩み寄るともう一度立ち止まった。
 途端ヴィラスは興味をなくしたかのように手摺から背を離し、階段へと向かう。



「よく・・いうことをきいているね、カルシファー」



 覇気のない声。



「私の分はいいから」
「わかった」



 階段を上りきる寸前落とした声は、しっかりと届いて欲しい人物には届いたらしい。



「あぁ、疲れた」



 零した呟きとは裏腹に楽しげに笑ったヴィラスは、一度リビングへと視線を落とし寝室へと姿を消した。
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