「悪いな」
真赤な左目と真青な右目を持つ黒髪の女が、まったくそうとは思っていないような声音で謝罪する。顔はお手本のような満面の笑顔だ。
「お詫びに何か奢ろう」
「幾ら何でも無理があるわよ、それ」
「そうか?」
「…まぁ、いいけど」
ここで注目すべきはやはり彼女の左目だろう。漢数字の六が刻まれた眼球なんてそうそうお目にかかれる代物じゃない。というか、あるはずがないのだ。
そのありえなさに思うところがある私は、これが茶番だと分かっていても女と連れ立ってコーヒーショップに入ってしまう。
女はざっとメニューを流し見てから私を顧みた。
「何がいい?」
「バニラクリームフラペチーノ」
即答する私に「そうか」と一つ頷いて奥のテーブル席を示す。
「座っててくれていいぞ」
「それはどーも」
女の仕草はいちいち洗練されていた。その上容姿は充分すぎるほど整っているし、存在感だって半端じゃない。にもかかわらず恐ろしいほど目立っていなかった。街を歩けばすれ違う十人が十人振り返るような女なのに、私以外誰も彼女の方を見ようとしない。
「お待たせ」
けれど「何故、」という疑問は浮かばなかった。あの稀有な赤い目を持っているというだけであらゆる不自然が許容出来てしまえるのだから不思議なものだ。
「私についての説明は必要かな」
そんなもの、一目見れば分かる。
「名前くらい名乗ったら?」
「シニストラ」
「…イツキ、よ。苗字は必要?」
「いいや、知ってる」
甘くないクリームをぐるぐるカップの底へ押し込む私をシニストラは穏やかな目で見つめてきた。それが演技でないとすれば、彼女をあまり無下に扱うのも気が引ける。
「私が違ったらどうするつもりだったの? 左目さん」
私は元来好意に敏感だ。そして人間、好かれて悪い気がしないのは当然の道理ではなかろうか。
「別に、どうもしないさ。うっかり死にそうなほどのショックを受けてすごすご帰った」
もっとも彼女に対する感情はそんな受動的なものだけではないが。
「あ、そう」
真赤な左目と真青な右目を持つ黒髪の女が、まったくそうとは思っていないような声音で謝罪する。顔はお手本のような満面の笑顔だ。
「お詫びに何か奢ろう」
「幾ら何でも無理があるわよ、それ」
「そうか?」
「…まぁ、いいけど」
ここで注目すべきはやはり彼女の左目だろう。漢数字の六が刻まれた眼球なんてそうそうお目にかかれる代物じゃない。というか、あるはずがないのだ。
そのありえなさに思うところがある私は、これが茶番だと分かっていても女と連れ立ってコーヒーショップに入ってしまう。
女はざっとメニューを流し見てから私を顧みた。
「何がいい?」
「バニラクリームフラペチーノ」
即答する私に「そうか」と一つ頷いて奥のテーブル席を示す。
「座っててくれていいぞ」
「それはどーも」
女の仕草はいちいち洗練されていた。その上容姿は充分すぎるほど整っているし、存在感だって半端じゃない。にもかかわらず恐ろしいほど目立っていなかった。街を歩けばすれ違う十人が十人振り返るような女なのに、私以外誰も彼女の方を見ようとしない。
「お待たせ」
けれど「何故、」という疑問は浮かばなかった。あの稀有な赤い目を持っているというだけであらゆる不自然が許容出来てしまえるのだから不思議なものだ。
「私についての説明は必要かな」
そんなもの、一目見れば分かる。
「名前くらい名乗ったら?」
「シニストラ」
「…イツキ、よ。苗字は必要?」
「いいや、知ってる」
甘くないクリームをぐるぐるカップの底へ押し込む私をシニストラは穏やかな目で見つめてきた。それが演技でないとすれば、彼女をあまり無下に扱うのも気が引ける。
「私が違ったらどうするつもりだったの? 左目さん」
私は元来好意に敏感だ。そして人間、好かれて悪い気がしないのは当然の道理ではなかろうか。
「別に、どうもしないさ。うっかり死にそうなほどのショックを受けてすごすご帰った」
もっとも彼女に対する感情はそんな受動的なものだけではないが。
「あ、そう」
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