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 ゆっくりと暖かい闇の中から持ち上がる。
 淡くまどろんだまま目を開け、寝返りを打ち、カーテンの隙間から覗く陽光に気付きティアーユは枕元の時計を見遣った。



「嗚呼、寝過ごしたか」



 何年経っても朝から活動を始める生活には慣れないものだと、独り言のようにごちてから気だるい体を起こす。
 隣にあったはずの温もりはとうになかった。



「起こさずに行くのは気遣いか、諦めか」



 クツクツと楽しげに笑いながら身支度を整える。
 どうせ後五分もすれば、呼び出しの電話なりメールなりあるだろう。



「生意気になったものだ」



 覗く牙は、彼女の整った容貌を崩すにはあまりに役不足だった。






























「パラディック」



 何枚もの布が丁寧に重ねられた、絵画の中からそのまま飛び出してきたような衣装を身に纏う少女が一人。



「あら、いらっしゃい」



 ラフな格好で開け放った扉に手を付き首を傾げる少年が一人。



「一人なの?」
「生憎ね。でもいつものことさ」



 部屋の隅に置かれたソファーにゆったりと座っていた少女――パラディック――はクスリと笑みを零し、読んでいた本に栞を挟んだ。



「夕方の方がよかったかしら?」
「いいよ、別に」



 手招けば、スメラギは首を振り片手で襟の端をつまみ持ち上げる。
 嗚呼、そうね。と、わざとらしくパラディックは微笑んだ。



「ただ〝気をつけて〟って言おうと思ったの。ごめんなさいね、呼び出して」
「気をつけて? 何を、また」



 胡乱気に眉を寄せ、スメラギは彷徨わせていた視線を戻す。



「ただそれだけなのよ、本当に」



 曇りのない笑顔からは何も読み取れはしなかった。



「・・・わかった。気をつけるよ」
「えぇ、ティアーユによろしく」
「うん」










 まだ、誰も知らなくていい。









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「あぁもう、面倒だな」



 薄闇の中、心底鬱陶しそうに一人の少年が呟く。



「そうだろうさ」



 少し離れた所で壁にもたれかかっていた女は空から視線を落した。



「何してるの?」



 いつの間にか女の寄りかかる建物の上に立っていた少女が、二人のいる路地を覗き込み首を傾げる。
 雲が晴れ月が覗いた。



「見ての通り」



 壁に寄りかかっていた女が勢いつけて足元のコンクリートを蹴る。





「交渉決裂、さ」





「ねぇ、そっちは私にくれる?」



 無邪気な瞳に不釣合いな光を宿し、少女は女が更に奥へと飛び込んだ路地の入り口を見やる。



「どうぞ」



 突き立てていたナイフを引き抜き少年は切っ先を払った。



「ありがと」



 さらさらと壁に縫い付けられていた影が砂と化す。



「報酬はやらんぞ」



 すかさず路地の奥から飛んできた言葉に少女は嗤った。



「いらない」



 そして一陣の風と化す。






























「――嗚呼、」



 夜の闇に眩いばかりの金糸を流し、女は漆黒の中舞い踊る少女の傍らに現れた。



「こんな所にいたのね」



 闇を見通す金色[コンジキ]の目を細め女は少女をその腕に抱く。



「起きてもいないからどこに行ったのかと――」



 二人に飛び掛ろうとした影が一つ、女と目を合わせるなり胸を掻き毟りそのまま砂と化した。



「とても心配したわ」



 少女を取り囲んでいた影が軽くざわつく。あれは、あれは、と。



「愛しい子」






























 嗚呼、お前まで来たのか。と、少年に連れ添った女は呆れ混じりに呟いた。
 いいじゃない、僕らは楽したんだし。と、女を顧み少女と少女に連れ添った女に背を向けた少年が笑う。



「そうは言うがな、スメラギ」
「もう済んだことだからいいよ、ティアーユ」



 そんな二人のやり取りを見ていた女は腕の中の少女に擦り寄った。



「帰って上等なワインでも開けましょう? 桜子」
「それが赤ならばよろこんでご一緒するわ? ルナティーク」



 するりと自分を抱く女――ルナティーク――の腕から抜け出した少女――桜子――は、繋いだ手を引き暗い路地から月の差すストリートへと歩き出す。



「またね」
「うん、また」



 軽く肩口で振られた手に手を振り返し、振り向いた少年――スメラギ――は微笑した。
 女――ティアーユ――が、軽く息を吐き空を見上げる。



「私たちは帰って寝るか」










 もうすぐ月も満ちるだろうと、血が囁いた。









「あぁ、やっとみつけた」



 女からしてみれば、そう言って自分に手を伸ばしたのはまだほんの子供だった。
 一人では立っていられないほど脆弱で、儚げで、ちっぽけな。



「ねぇ、あなたでしょ?」



 まだ幼さの残る声は何故か耳に心地よかった。
 首だけを振り向かせた中途半端な体勢から、自分の腰ほどまでしか背のない子供に向き直り女は膝を付く。
 例え東の龍王であろうと、彼女を跪かせることは出来ないというのに。



「何がだ?」



 女は何の躊躇いもなく膝を付き子供の頬に手を添えた。
 言葉を促すように。あるいは、慈しむように。



「私の何が、お前を魅せた?」





「ちがう」





「あなたがぼくに、みせられたんだ」



 久しく忘れていた笑みと共に、女は子供を抱きしめた。



「あぁ、そうさな」






























 それは忌わしい争いの只中だった。






























「おいおい、こんな所に餓鬼連れなんて余裕だな」
「そうでもないさ」



 吸血鬼らしい残忍な笑みを浮かべ男は嗤う。
 嗚呼、嗚呼。この女はよっぽど俺に殺されたいと見える。



「それとも違うことをお望みか? 姉上殿」



 そうでなきゃよっぽどの阿呆だ。





「うるさい」





 女の腕に抱かれ、見下ろしてくる男の視線を恐れもせず子供は鬱陶しげ気にぼやく。
 その、愚かしくもいっそ清々しい姿に男は残忍な笑みを崩し破顔した。



「クッ、アハハッ! 最高だなそいつ」
「だろうさ。この地獄でたった一人、生き残った子供だからな」
「そりゃすげぇ」



 誇らしげな女の言葉に嘘はない。
 だから男は気に入らない。



「人間ごときが、いい気になるなよ」
「それは私に対する侮辱だろう? 忌わしき弟よ」



 唇の端から覗く牙をギラつかせ男は一歩踏み出す。そこに足場はなく、重力に従って落ちる体を風が嬲った。



「ミンチにしてやる」
「嗚呼、嗚呼。哀れな我が弟よ」



 地面が――そこに待ち受ける血族が――近づく。



「狂気に走り血を穢し、母なる悪魔に孤独を投げつけた貴様を、私が許すとは思うまい?」
「だからどうしたっ」



 悠然とした笑み浮かべその腕に足手まといを抱いたまま、女はうっとりと目を細めた。





「あんたもう、いらないってさ」





 女よりも吸血鬼じみた笑みを浮かべ子供が嗤う。
 その手が、蓋のない小瓶を傾けた。



「ばいばい」



 清らかな水に混じり零れたのは「銀の血[シルバー・ブラッド]」と呼ばれる血統の血液。
 男の瞳が、驚愕に見開かれる。



「まさかだろ!?」
「そのまさかさ。――我等が母君は、お前を殺してもいいと仰った」



 銀の軌跡が宙を舞い落ちてくる男に襲いかかった。
 身を捻り避けてもそれは執拗に男を追い回し、女の腕に抱かれた子供は狂気に嗤う。



「そしてぼくにちをくれた」



 銀の血と同じ色をした瞳に射抜かれ男は唇を噛む。
 嗚呼、嗚呼。我が母よ。闇に抱かれし悪魔の化身。貴女はその血を分けし子を殺そうというのか。



「――この血を持って、」



 同じ子の手で。



「〝いつか〟お前を殺してやるよ」
「・・・そう、だなっ」



 殺し合わせようというのか。哀れむ心を、慈悲の思いを持たぬ人。



「嗚呼、嗚呼、我が弟よ。逃げおおせる前に聞かせておくれ、堕ちし者の名を」



 芝居がかった仕草で声を上げる女に、男は立ち止まり同じく芝居がかったそれで丁寧に腰を折り礼をとった。



「我が名はキラービー。母に与えられし名はもうなく」
「そうだろう、そうだろう。ならば行くがいい殺す者[キラー]。それ以上貴様に相応しい名もあるまい。母の血が再び踊らぬ内に行くがよい」



 女の腕の中で子供が面白くなさそうに男を見ている。



「では、また会う日まで」
「それは貴様の命日であろうよ」



 そして一陣の風を見送った。










 さらさら、



「・・・」



 さらさらと、



「―――」



 流れ落ちていく。



「―――」



 紡ぐ言葉は音にはならず、



「――」



 小さな震えが、世界を揺らした。






























「・・・」
「朔魅[サクミ]?」



 渡り廊下の途中、立ち止まってしまった友を振り返り鶫[ツグミ]もまた歩みを止める。
 屋根のないここは少し風が強い。項[ウナジ]の辺りで束ねたきりその先を風に遊ばせながら、自分ではなく風上を見つめている朔魅に、鶫は肩にかからない己の髪をそっと押さえた。



「どした?」
「・・・」



 つ、と伸ばされた腕。



「朔魅?」



 奇妙な感覚に襲われ鶫は一歩踏み出した。
 消えてしまう。こんな学園のど真ん中で何を、と思うかもしれないが、鶫は確かにそう感じ、そして――



「ッ、」



 確かに見た。



「朔魅!」



 吹き付ける風に手を伸ばし、滅多に動くことの表情を緩め、微笑む友を。その友が消える瞬間を。



「――」



 何事か呟いた朔魅の姿は、霞のように消えうせる。
 後一歩、思わず駆け出していた鶫の手が空[クウ]を掻き、朔魅の手にあったはずの鞄がドサリと、音を立てて冷たいコンクリートの上に落ちた。



「嘘だろ・・」



 自分以外誰もいない渡り廊下で、鶫は呆然と零す。
 消えてしまった。――この、人と人でない者がともに学ぶ学び舎で、そうする事の出来る力を持たない者が。



「――どうなってんだよ」



 クシャリと顔を歪め、足元の鞄を拾い上げると鶫は駆け出した。



「クソッタレがっ!!」



 そんなこと、あっていいはずがないんだ。










 それは、全てが無に還る場所。










「・・・」



 足元を流れていく澄んだ水に視線を落とし、朔魅はゆっくりと一度深呼吸した。
 冷めた空気が肺に流れ込み微かな痛みを伴う。――足元の水は、もっと冷たいのだろうか。



「ずっと、」



 何の前触れもなく落とされた声に朔魅は体を強張らせた。



「決めかねていました」



 気配に疎いほうではない。



「私の思いと私の義務。私の運命[サダメ]と貴女の運命」



 けれど気付けなかった。
 声をかけられるまで。その存在が、悟らせようと気配を絶つことをやめるまで。



「姉上への忠誠と、陰陽の均衡」



 背後の気配が一歩踏み出しても、そこに音はない。



「けれど、もうどうでもいいでしょう」



 背を向けた相手に手を引かれ朔魅はよろめく。
 体勢を崩した体をいとも簡単に抱きとめ、闇王――月詠――は切なげな吐息を吐きだした。



「貴女はずっと私のものだった。――私が、私だけが、少しずつ形を成してゆく貴女を見守っていた」



 随分と長い間、待ち望んだ。



「けれど最も力ある貴女は蒼銀の神を選び、その色を望んだ。私は――」



 その器が砕かれて以来。永遠と、その小さな欠片達が引き合って行くのを見守りながら。



「私が、闇の海で待っていたのに」










(嗚呼、そうか)



 月詠の腕に抱かれるがまま身を任せていた朔魅は、微かに目を細め微笑ともとれる表情を形作った。



「私は神器の一欠片。永い時をかけ集まった、最古の神器の一欠片」



 乾いた大地に降り注ぐ雨のように、知識が流れ込んで来る。
 世界が湛えた闇色の水。染まらない欠片。染まった銀[シロガネ]。――これは私と月詠の記憶。



「何度生まれ、疎まれ、消されようとも、一度惹かれあった欠片達は離れ離れになることはなく、闇の世界でぬくもりに包まれ眠った」



 二人分の記憶が混ざり合って完全な形を成していく。



「残されたのは三つの欠片。私と、銀と、そして――」



 本当に、ずっと見守られ続けていたのだ。
 幾度生まれ変わろうとも死した後、還る場所は彼の海以外他にないのだから、今思えば、彼になら容易い。



「あの、純白」



 嘲笑うかのような声色でそう囁き、朔魅は今度こそはっきりと笑みを零した。
 嗚呼、私が消されてしまう。最古の神器としての全てを思い出した今、私が私であり続けることは出来ない。



「一番小さな、人に近い「朔魅」



 神器はたった一つでなければならない。



「私は、決めかねていました」



 三つの神器は争いを招く。例え一つがその色を定めたとしても他の二つが、大いなる争いを。



「けれど、もうどうでもいいでしょう」



 ただ、逃れる術は示された。










「貴女は私の物だから」










「いいわ、それで。生きられるなら」



 漆黒から眩いばかりの白銀へと色を変えた髪が肩口を流れる。
 嗚呼、これが〝私〟。器を満たす確かな力を感じながら朔魅は瞑目した。



「私も生きてみたい」









 薄っすらと重い瞼を持ち上げた。



「ぅ、ん・・・」



 零れたのは起きぬけの擦れた声。
 目に飛び込んできたのは、



「――雲雀?」
「おはよう」



 嗚呼、どうして。



「私生きてるの?」
「死んでいいなんて言った?」



 帰って来てしまった。



「言って、ない。ない・・けど、」
「なら君は死ねないよ。絶対に」



 もう二度と会うつもりも、話すつもりもなかったというのに。
 どうして、



「ど、して?」
「君は僕の物だから」



 私は帰ってきてしまったのだろう。
 間違いでは済まされない。ここに、この場所に、偶然辿り着くなんてありえない。



「おかえり、リナ」



 大切なこの町に帰ってきてしまった。



「ただい、ま」



 貴方の下に。






























 アレホド「クリカエスナ」トイイキカセテイタノニ










 戻ってきたらきっと私は繰り返す。あの悪夢を。






























「リナ、行くわよ」



 住み慣れたマンション。見慣れた街並み。



「うん」



 その両方に背を向けて、開け放った玄関の向こうに立つルナに笑いかけた。



「今行く」



 歩き慣れたこの廊下も、使い慣れたエレベーターも今日で最後。
 私達はいなくなる。ここから、この町から、そしてこの国から。



「本当に何も言わないで行く気?」
「うん」



 誰に知られる事もなく。別れを告げる事もなく。



「止められるから、いい」



 何処へともなく姿を眩ます。










「リナ」



 はずだった。



「ひ、ばり・・」
「行くの?」



 何も知らないはずなのに、あたかも知っているかのように貴方は私に問いかけた。



「ごめん・・」



 否定でも肯定でもなく、無意識のうちに零したのは涙と謝罪。
 軽く濡れた私の頬に手を添え、貴方は言った。



「いいよ」
「ぇ?」
「逃がしてあげる。今はね」



 最初で最後だと。



「でも次はないよ」



 何の躊躇いもなく、



「ばいばい」



 私に背を向け貴方は言った。






























「君は絶対帰って来るよ」



 それが必然だと言わんばかりに。










 血が跳ねた。



「ッ――・・最低っ」



 吐き捨てた言葉は微かに赤く、壁に手をあてアスファルトの地面に膝を突いた少女は鋭く舌打ちした。
 寒い。



「クソッ」



 口汚く吐き捨て微かな動きを見せた気配へと銃口を固定する。





 銃声。





 銃声。





 銃声。





 カチリとトリガーが乾いた音を立てそれきり銃声は止んだ。
 もう気配はしない。物陰で息を潜めている様子もない。



「・・・っ」



 息が荒れる。心臓の鼓動がドクドクと煩い。
 切られた首筋から流れる血に体温が持っていかれる。嗚呼――



「ねむ、い・・」



 漸く煩い夜も終わる。






























 血が跳ねた。






























「ワォ、派手にやったね」



 血溜りの中爛々と輝く赤の目を憂鬱気に持ち上げエキドナは自嘲する。



「全くだ」



 長く伸びた銀糸が血を孕み赤黒く変色していた。
 嗚呼、なんて事だ。指先一つ動かせやしない。



「どうしてほしい?」
「殺せ」



 どうして欲しいかなんて、分かりきった問いを何故繰り返す?
 例えどれほど醜悪であろうと生きることを、けれどそれが無理ならば死を望む。
 立ち上がれない。それは、もう死と同意義だ。少なくとも私達にとって。



「それが私達の望みだ」





 嗚呼、ごめんよリナ。私の大切な片割れ。





 ついぞ薄れだした意識にエキドナはもう一度自らをせせら笑い、そして今はいない少女に謝罪した。
 私は目の前に立つ悪魔が何と答えるかを知っている。知っているのに、それに抗う事が出来ない。










「――冗談」










 ごめんなさいありがとうさようなら。






























「許さないよ。君は僕の物なんだから」



 ぴちゃり。一歩踏み出した悪魔の足下で血が跳ねた。









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