入学式、という晴れ舞台には生憎の曇り空。それを却って「過ごしやすい」と感じながら、のんびり歩く通学路。今日からこの先七年間、来る日も来る日も歩き続けることになるだろう道程は、揃いの制服を着た少年少女で溢れている。
長袖シャツとネクタイに、スカートかズボン。その上から黒無地の真新しいローブを羽織った子供たちは、ぞろぞろと皆(みな)一様に同じ方向へ進路を定めている。正確な距離はともかく学生寮から十五分ほど歩いた末に辿り着く、目的地は今日これから入学式の執り行われる講堂だった。
地上五階、地下三階建ての建物は全面硝子張り。東西に一つずつ開かれたエントランスの西側から入って右手に、学生+教職員+αといったところで二千人ほどが収容可能なメインホールはある。
あらかじめ指定された席に間違いなく座り手元の時計を確認すると、針は九時五十分を指していた。式の開始十分前。遅刻は論外とはいえ、あまり早く着き過ぎてもどうせ手持ち無沙汰に違いないと、考えた通りの時間で動くことができている。
「綺麗な時計だね」
ぱちん、と閉じた懐中時計を仕舞い込もうとした矢先。すぐ隣から声をかけられ、視線は自然とそちらを向いた。
ついさっきまで空いていた席に、今は青い目の少年が座っている。
「ありがとう」
宝石のよう艶やかな黒髪も綺麗で、笑顔の優しい少年だ。
「僕はクランフォード。一年生だよ」
「私も一年。シェリーよ」
ローブの胸元へ目をやると、銀の糸で三日月と狼が刺繍されている。それは四つある寮のうち、彼が《銀の狼》に所属していることを示していた。
《銀の狼》は私の寮でもある。
「よろしく」
入学式を終え講堂を出ると、空模様はやや好転していた。厚く垂れ込める雲の切れ目から落ちる日差しが、疎らに地面を照らしている。
真直ぐ寮に戻って荷解きの続きをするか、構内を散策するか。どうしようかと人の流れに流されるよう歩きながら考える。夜には寮での歓迎会が開かれるから、どの道それまでには寮へ戻らなければならない。
なら、急ぐこともないかと人の流れを外れた。構内の地図は暗記できている。だからふらりと、気の向くままに足を進めた。
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猫が好きだ。猫科の動物でもいい。ただそこにいるのを眺めているだけでも幸せになれる生き物なんてそうはいない。触っても幸せ。抱き締めても幸せ。甘えるように擦り寄られたらもっと幸せ。
猫の次に蛇が好きだ。蛇に限らず体に鱗のある生き物はたまらない。一日中撫で回していたって飽きないだろう。
だけど何より、美しいものが、好きだ。
きっと人は誰だってそうなのだと思う。醜いよりは美しい方がいいに決まってる。赤い林檎よりも黄金の林檎の方がより欲しい。
入学式が始まってから、私はずっと考えていた。校長の挨拶や在校生代表の歓迎の言葉を聞き、新入生代表の挨拶を述べながらも、ずっと。いったいどうすればより効率良く、私にとって都合良く、クランフォード君と仲良くなれるだろう――と。
目が痛くなるほど煌々と照らされた舞台の上に立ち――それらしく考えてきた挨拶の文句を一言一句言い間違えることはおろか、言い淀むことさえないまま朗々と読み上げ――ながら、視線はついつい舞台に上がるまでの道筋を遡ってしまう。その終着点はもちろん私が座っていた空っぽの席で、その隣には今もクランフォード君が座っていた。
交わる視線は、ほんの少しだけ私を我に返らせる。それでも私は――用意しておいた内容を消化し終わったのをいいことに――たった一人のため微笑んで、聴衆へ向けお辞儀する。儀礼的な拍手を浴びながら、落ち着き払って――内心、足取り軽く――来た道を戻った。一旦舞台袖へと捌けて、ホールの外から入り直した方が席までは近い。
男女の友情なんて成立しないのよ。
そうかなぁ。
だって男は体が目当てだし、女は顔が目当てなんだもの。
ふぅん。
だからね、あんたも気をつけるのよ。油断してるとぱっくりやられちゃうんだから。
はぁい。
「この会話を踏まえた上で、かえで君何かコメントは?」
「とりあえず俺たちの関係は恋人で合ってるよな?」
「コメントは?」
「おい」
「えー、なにー? さくらちゃんきこえなーい。さっさと答えてくれなきゃドタマに攻撃魔法ぶち込んじゃうぞー」
「さくらさん、さくらさん。そう言いつつ拳を構えるのは何故ですか」
「痛いのと苦しいの、どっちがいーい?」
「いやだから友情というか俺たち恋人同士だからな!? お前が顔目当てなのは知ってるけど俺は体ばっか欲しい訳じゃないから!! それもないと困るけど!」
「正直者だね、かえで君」
「おかげさまで…」
「ご褒美にさくらちゃんがいいことしてあげましょう」
「え」
「くちとー、てとー、どっちがいい?」
「お前…狙いすましたかのようなマウントポジションでそれ言う? 三つ目の選択肢は…?」
「あし?」
「うわぁ…」
魔王が死んだ。誰が殺した?
魔王は愛した女に殺された。
ならば誰が《魔王》を引き継いだ?
「ラスティール」
ゆったりと呼ばれて目が覚める。
「なぁに? シーリン」
「下りてきて」
お気に入りの枝から落ちるように木の下へ。ふわりと魔力で着地を軽くして、顔を上げるとシーリンは少し離れた所に立っていた。
「おはようシーリン」
甘い匂いがする。
「また木の上で寝てたの?」
「うん」
「もう…」
おいで、と差し出される手は迷わずとった。シーリンと二人。手を繋いで、ぐるりと薔薇の垣根を回り込む。
「今日はケーキを焼いたのよ」
「道理で。甘い匂いがすると思った」
オレンジ色の薔薇に囲まれた東屋。二人きりのお茶会はしめやかに。邪魔する誰もを私が排除して、そのことはシーリンだって咎めない。
「どうぞ召し上がれ」
切り分けらたケーキは白く赤く甘く、幸福の味がした。
「食べ終わったらちゃんと仕事をしてね」
「はぁーい」
二つ返事で頷いて、また一口。白くて赤くて甘い幸せ。目眩がする程の充実は、いつだってシーリンが連れてくる。私は幸せ。シーリンが私を造ってくれたから。
「大好きよ、ラスティール」
「うん」
だから世界は滅びない。
《魔王》は魔女の「娘」が引き継いだ。
(間違いだらけのお伽話/魔女と残り滓。めでたしめでたし)
――敏腕社長と有能な秘書――
机の上にうず高く積まれた書類が無言で私を責めている。早く目を通せと、真綿で首を絞められるようなもどかしい威圧感に、息が詰まりそうだった。
それに加えて、
「手が止まっていますよ、ラス様」
無表情を決め込んだ《右腕》は容赦なく私に牙を向ける。もう少し労わってくれてもいいだろうに、こんな責め苦が既に三時間は続いていた。
目を通して判を押した書類の数だけ新しい書類が持ち込まれる。――そんな、思わず泣きたくなるようないたちごっこには、いい加減厭き厭きだ。
「――なぁ、レイ」
ギシリと、体重を預けたイスの背もたれが鳴く。
レイはすぐに顔を上げこちらを仰いだ。
「はい」
ついさっき、私に小言を言った時とは違うトーンで、どうかしましたかと聞いてくるレイの視線が、真っ向から私のそれと交わる。
「少し休憩しないか」
私は瞳に魔力を込めた。
――魔物と女魔法師――
「我が剣にその息吹を灯せ、火蜥蜴[サラマンダー]!」
左手に嵌めた指輪の一つが、練り上げた魔力を代償に苛烈な炎を噴出させる。
「覚悟なさい…」
鉄をも溶かす灼熱の炎は蛇のようにのたうって、私の剣に張り付いた。
契約によって守られている私が熱気を感じるほどに、その勢いは凄絶だ。
「骨も残さず焼き尽くしてあげる」
不敵に笑って見せながらも、私は決着を急くように自ら駆け出した。周囲を囲む魔物の一匹を正面からの一撃で切り伏せ、体を翻す勢いのままにもう一匹を仕留める。
切っても切っても、魔物の数は一向に減る気配を見せない。どこから湧いてくるのか、疲労で徐々に動きの鈍る私を嘲笑うように、こんないたちごっこがもう一時間近く続いていた。
いい加減、魔力の制御も覚束無い。時折頬を掠める炎が、意思に反して肌を焼く。
「くそったれ…」
前後左右に、上。地面以外のあらゆる方向から飛んでくる攻撃を避け続けるのも、そろそろ限界だ。腕、脚、腹、頬、――体中に走る小さな傷が、じくじくと痛みを訴えて動きの鈍さに拍車をかける。
そうこうしている内に負った二の腕の傷は、そのまま放っておくには深すぎた。
腕を伝った生温い血で、剣を握る手が滑る。柄から剣身の方へ流れた血は火蜥蜴の炎に焼かれ、私は鋭く舌を打つ。
これはもしかしなくとも、
「絶対絶命、ってやつ?」
――逃亡者と憂鬱――
魔物は人間を襲う。だがそれは生きるためだ。
人が家畜を殺し飢えを満たすように、魔物もまた、飢えを満たすため行動しているに過ぎない。
なのに何故、魔物は人に忌み嫌われるのか。――答えは簡単だ。
魔物は所詮、魔物でしかない。
レイを昏倒させ、机仕事から逃げ出した私は、清々しい解放感を胸に機嫌よく街道沿いの森を歩いていた。珍しいことではない。自由に出来る時間の内は、むしろあてもなくブラついていることの方が多かった。
レイに見つかるまでの間、私の自由は保障されている。
「――……、」
されている、はずだ。
「全く…」
鋭利なまでに研ぎ澄まされた感覚が、苛烈な魔力の発現を捉えて放さない。いくら《自由時間》だからといって、一度気付いたものを放っておくことは出来なかった。
「世話のかかる」
人と魔物が、そう遠くない場所で争っている。
人間の方は相当やり手の魔法師らしいことが魔力の練り方で分かるが、どうも様子がおかしかった。
(魔物に手こずるような腕とも、思えないが…)
風に乗って流れてくる血の匂いが濃さを増したのを合図に、私は駆け出す。まだ声すら届かないほどあった距離はものの数秒で縮まった。
戦場は、森の中に出来た自然の広場。低く茂る草木は無残に踏み荒らされ血の雨を浴びていたが、元はそれなりに見栄えのする場所だったのだろうと、想像するのは容易い。
そこに漂うはずの穏やかで安穏とした雰囲気は、今や欠片ほども残されてはいなかったが。
「多いな…」
広場は知性の欠片もない低級の魔物とその屍、そしてむせ返るような血の臭いに満ち満ちていた。地上に魔界が噴出したような光景に、私は思わず顔を顰める。
本来群で行動することのない魔物が、理由もなくこれほど集まっているのを見るのは初めてだ。まだ生きている者だけでも優に三十体はいるだろう。屍はそれ以上ある。腕利きの魔法師が苦戦するのも頷けた。
私だって、両手を超える数の魔物を相手にするのは面倒だ。
「――ちょっとそこの貴方!」
――生と死――
その気配はまるで蜃気楼のように掴み所がなく、存在すら不確かで、気付くことが出来たのは本当に奇跡に等しかった。
「…何か?」
血生臭い殺し合いの最中で普段の数十倍にも鋭くなった私の直感が、叫ぶ。
「私に雇われる気ない?」
選択肢は二つだ。
――運命と契約――
「…いくらで?」
そう、聞き返してしまったのはおそらく、魔物との命の取り合いの最中にあってなお、女魔法師の目が輝きを失っていなかったからだろう。何が何でも生き抜いてやるのだという強い意志が、傍目からでも見て取れる。
「私の全財産の半分」
「随分と気前がいいな」
おそらく私は、そうする理由が見い出せなくても、彼女を助けていた。
「正直もうヤバいのよ…――助けて!」
「…いいだろう」
失くすには惜しい輝きを、見つけてしまったから、きっと…
「契約成立、だ」
私は逃れられない。
――黒のナイトと白のクイーン――
「契、約…?」
半ば暴走しかけていた火蜥蜴の炎が、前触れもなく掻き消えるのが、合図だった。
「凍てつけ」
一方的な命令が下される。私を取り囲んでいた魔物たちが面白いほどピタリと動きを止め、同時に刺すような冷気が場を満たした。
「砕けろ」
絶対零度の命令が、再び下される。そうして全ては一分にも満たない時間で決着した。
早まったかもしれない。――私がそう思ったのは、今更ながらに自分が助けを求めた男の姿を視界に入れてから。
「ま、魔族…?」
上級魔族の証である血色の瞳を柔らかく細め、男は言った。
「これからよろしく、マイ・マスター」
本当に早まったかもしれない。
――成約と誓約――
瞳の奥にほんの一瞬焼け付くような痛みが走って、私は名前も知らない女魔法師との間に正式な《契約》が結ばれたことを知った。半ば無理矢理に近かったので期待はしていなかったが、なんとも、口約束とは恐ろしい。
「ッ……」
息を詰め首元を押さえた《マスター》は、すぐにそれが戦闘で負った傷の痛みでないことに気付いたらしく、恨みがましい目で私を睨んだ。
私は肩を竦めて見せる。
「言い出したのはそっち」
「魔族だと知ってたら言わなかったわよ!」
「断言してもいいけど、君はどっちにしろ私と契約していたよ。それしか生き残る方法がなかったんだから」
わざと私の心情を伏せて言うと、図星を突かれたマスターはぐっと言葉を呑んだ。それでもやはり、瞳の輝きは曇ることを知らない。あまりの愉快さに私は愛想良く微笑んだ。
「睨んでも契約は解けないよ」
「期限は…」
「契約時に指定がなかった場合はどちらか一方が死ぬまで。それが慣例」
この輝きは、もう私のもの。手に入れたのは、この私。誰にだって――たとえそれが彼女自身であろうと――奪わせはしない。
「君に絶対の献身と無二の忠誠を」
私の名と力にかけて。
――真実と道化――
魔族は契約と本能に生きる生き物だ。その口は偽りを紡がず、その目は真実を映し、その力は意思を違えない。彼らは時として神よりも信用に足る生き物だと、今は亡き天才魔導師の著書にはあった。――私だって、頭ではわかっている。
「まだ怒ってるの?」
森を抜けようと足早に歩く私の後ろを付いてくるこの男は、真正の魔族だ。だからこそその言葉は真実で、絶対に違えられることはない。
けれど何故? 何故彼は私と契約を結んだ?
「マスター?」
「…怒ってないわよ。考えてるだけ」
「何を?」
「貴方がどうして私と契約を結んだのか」
立ち止まった私に合わせて、赤目の魔族も立ち止まる。魔王とその側近にだけ許されているという深紅の瞳は文字通り深く、けれど陽光の下まるで硝子球のように光を弾いた。
「マスターを気に入ったから、じゃ不満?」
「大いに不満よ。それじゃ貴方になんの得もないじゃない」
「そうかな」
まるで研ぎ澄まされたルビーのようだと、その瞳に魅入られそうになったのは一瞬。私はすぐさま目を逸らした。――魔族の瞳は毒だ。それも極上の。人が魅入られれば逃れる術はない。
「《命令》なら話してもいいけど?」
すれ違い様垣間見た瞳は、どこか楽しげに揺れていた。
「それって、命令じゃなきゃ話さないってこと?」
「そう聞こえた?」
「そうとしか聞こえなかった」
再び歩き出した私に、魔族はやはり付いてくる。何が楽しいのかにこにこと笑みを絶やさず、さも人畜無害ですとでもいわんばかりの顔が、出会ったばかりにも関わらずありありと想像できて私は眉根を寄せた。大体、この容姿がいけないんだと心中で悪態をつく。
「この歳で魔族に憑かれるなんて…」
忌々しげに吐き出した言葉には、わざとらしく楽しげな笑い声が返った。
――逃亡者と追跡者――
近くの町を目指しているらしいマスターの後をついて歩いていると、不意に視線が頭上へ移る。
その意味を理解したのは一拍後。負担にならない程度広げた感覚が、レイの魔力を捉えてからだ。
「どうかしたの?」
さてどうしたものかと立ち止まった私に気付いて、マスターもまた立ち止まる。一緒にいるのが嫌なら置いて行けばいいものを、律儀なことだ。
「知り合いが私のことを探してる」
「何かやったの?」
「特別なことはなにも」
「じゃあなんで追われてるのよ」
「探されてるだけで、追われてるわけじゃないよ」
苦笑いしながら右手を揺らし、目くらましの魔法を放つ。その僅かな気配を敏感に捉えたマスターの視線はますます疑わしげなものになり、私は肩を竦めた。
レイに対して、特別なことをしていないのは本当だ。
「追われてるわけじゃないのに、見つかりたくはなさそうね」
「色々事情ってものがあるんだよ。私にもね」
「ふぅん」
仕事に厭きたからレイを気絶させて、逃げ出した。それは言わば《お決まり》のパターンで、今更取り立てて騒ぐようなことではない。むしろこんなにも早くレイが目覚めたことの方が驚きだ。
魔力の注ぎ加減を間違えたのだろうか。
「面倒事は御免だからね」
「マスターには迷惑かけないよう気をつけます」
「気をつけるだけ?」
「絶対とはいえないな」
おどけた調子で言うと、それきりマスターは黙り込んでしまった。そしてそのまま、何か考え込むように気も漫ろなまま歩き出す。
「マスター?」
私の声にも、気付く様子はない。
半日かそこら姿を見ないと思ったら、何食わぬ顔で部屋にいる。
戻った私と目が合うなり、リドルはにっこり笑ってこう言った。
「蛇は好き?」
私だって馬鹿じゃない。
リドルの言う「蛇」が何か、分からないほど呆けてもいなかった。
私が気付くと、分かっていて言ったに違いない。だいたい蛇が好きかどうかなんて、分かりきったことだろう。
「まさか連れてきてなんてないでしょうね…」
「どうだと思う?」
とぼけた顔して小首を傾げるリドルに確信した。
いる。
私たちの「支配」する力は使えば使う程に進化する。強化されていく。
たとえばマリーメリーのそれが初めのうち、傍にいる人の機嫌がなんとなく感じ取れる程度のちょっとしたものだったにも関わらず、今では他人の心を思うがまま書き変えてしまえる程のものへと成り果てているように。私が持つ《力》だって、まだまだ伸び代は途方も無いほどにあった。
だから今更、その影響範囲が「金属」から「鉱物」へと広がったところでどうということもない。
「ねぇ見て、リドル」
気が付いたのは、偶然。誰かの落とし物だろう、小さな赤い石の嵌る指輪を拾った時の事だった。
私はその時、台座のシルバーと嵌め込まれたルビーへ同じよう魔力が通ることに気付いてしまった。
それはつまり、生まれ持った便利な力でその両方を《支配》してしまえるということ。
いつかそんな日が来ることは分かっていた。私もマリーメリーと同じ、自分の《力》を伸ばすことに躊躇いのない人間だから。金属に対する《支配》が完全なものとなってから、次の段階へと進むことはある意味必然だった。
そうして手に入れた真新しい《力》を、私は扱い慣れた金属の応用でいとも容易く飼い慣らしていく。その進化に終わりのないことを知っていたから。心は貪欲に更なる《支配》を求めてさえいた。
「綺麗でしょう――?」
ジニー・ウィーズリーには相応しくない「異能」。
その《支配》を、長らく振りに現した本来の姿でミザリィは思うがままに振り撒いた。
その指先から放り投げられる金貨が、
銀貨が、
銅貨が、
水晶が、
紅玉が、
青玉が、
瑪瑙が、
ありとあらゆる「鉱物」が、本来の在り様を捻じ曲げられ、柔らかな飴細工よりもっとなめらかに、飛沫を上げる水より軽く宙を舞う。時折気紛れのよう研ぎ澄まされては深々と周囲の壁に突き刺さり、床を抉った。
面白ものを見せてあげる――。
いつになく上機嫌なジニーに連れられ、とある隠し部屋まで足を運んだリドルはこの上ない愉悦と囁かれた遊興の正体に絶句する。
いったいこれは、どういう類の悪夢だろうか――と。
「石の方がずぅっと、魔力によく馴染むのよ」
踊るようにくるくると、黒髪を揺らして回る。
ミザリィの周囲には、絶えず交じり合わない水と油のよう雑多な色が躍っていた。
その全てが元は石や硬貨だったなどと、今更誰が信じられるだろう。
ただの色水を同じように操ってさえ、その華やかさと技巧の素晴らしさからミザリィは惜しみない賞賛を得られたはずだ。それが鉱物である必然性など、この期に及んで微塵もありはしない。
ミザリィの《力》は、最早そういう域に達した《魔術》。
「君、本当に僕と秘密の部屋開けるつもり…あった?」
「えぇ」
どうしてそんなことを聞くの? ――あるいは、「そんなのあなたが一番良く知っているでしょう?」とばかり。
きょとりと首を傾げるミザリィにいい加減、馬鹿馬鹿しくもなったリドルは声を上げて笑う。
これなら、いっそ誰を相手取ったとしても負けはないだろうに――と。
「君って、最高だね」
(おどるレクイエム/赤目と記憶。きょうき)
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