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 鳩尾の辺りに重みを感じて目が覚めた。

「……きょうや…?」
「なに」

 床に直接座った恭弥の頭が乗っている。

「どした?」

 何の気なしに髪を乱すと気持ちよさそうに目を細めながらぐりぐり顔を押し付けてくる。ぐりぐりぐりぐり。懐きに懐いてやがて動かなくなった。

「恭弥」
「…なに」
「眠い?」
「別に」

 転寝のつもりがつい眠り込んでしまったらしく、窓の外はとっくに暗くなっている。

「起きていい?」
「好きにすれば」

 そう言いつつ自分からは動こうとしない恭弥だ。だけどこのままじゃあ私が二度寝してしまう。服越しの体温はどうにも心地良くていけない。

「きょうや、」

 少し荒っぽく髪を掻き乱されてようやく、億劫そうに首をもたげる。また寄りかかられないうちに体を起こすと、今度は膝へ。

「やっぱり眠いんだろ」

 ソファーの上へ引き上げても抵抗はない。

「少し寝る?」
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 恭弥の振りをするくらいなら服装と私の意識でどうにでもなる。ネクタイを締めてベストを着込み、指輪を持ったら準備は万端。

「じゃあちょっと行ってくるから」
「うん」
「行ってきます」

 試しで嵌めたボンゴレリングは想像よりも指に馴染んだ。

(おでかけいつき)


---


「雲雀、イツキはどうした」
「…さぁ? そのうち来るんじゃない」

(きづかれない)


---


 前触れのない痛みと同時に血が沸騰するよう熱が上がる。心臓が脈打つごとにその熱は体を巡った。死に至る毒。けれど即死さえしなければどうにでも。

(ふつうむり)


---


 動けばその分毒の巡りも早い。だからといって大人しくしているという選択肢は端からなくて、振り上げ振り下ろしたトンファーはガツリとポールを歪ませた。その上から更に蹴りつけて、支柱の支えをまず一本。同じ作業を繰り返して、最後にメインポールを蹴りつける。完全に倒すまでもなく、いくらか傾いたところで指輪は落ちてきた。
 リストバンドに嵌め込んだらまたちくりと痛みが走って、ゆるゆると熱が下がっていく。まともに動けるようになるまでそうかからなかった。

「……」

 さぁ、次だ。

(いちばんあぶないのがじゆうのみ)


---


 張り巡らせた警戒に引っかかるものがあると、体が頭の命令を無視して動く。けれど一瞬遅くて、切り裂かれた皮膚は真っ赤な悲鳴を撒き散らした。

(VSおうじ)


---


「……」

 切れた。

「ばっかじゃねーの」
「……――」

 飛んでくるナイフを目前に勢い良く踏み切った体は宙を舞う。重力を半ば無視したような動き。ベルフェゴールの真後ろへ落ちるよう着地して、ギミックを作動させたトンファーで周囲のナイフを薙ぎ払う。

「げ…」
「誰が馬鹿だって?」

 さぁ、落ちな。

(おうじしぼうるーと)


---


「ラッキー」

 急な変化に体がついていかなかったんだとすぐに分かった。それなりに強い毒を打たれたと分かっていたのに無茶をした。今だって。

「ししっ。――死ねよ」

 膝を突いた体は歯痒いほどに言うことを聞かない。放たれたナイフを見て飛び退かなくてはいけないと分かっているのに体が追いついてこない。
 くそっ。

「誰に言ってるんだい?」

 ぱっ、と手放したトンファーが地面に落ちるより早く。まくり上げたシャツの下から引っ張り出した銃の引き金を引いた。

(おくのてはつかわないほうがかっこいいでしょ?)


---


「……」

 くらくらするなと、ぱたぱた落ちていく血を見ながらぼんやり考える。
 止血止血。
 引き裂いた裾を巻きつけて取り敢えずの応急処置。もう流れた分は仕方ないとして、これ以上はさすがに寒気がしそうだ。あぁこれは怒られるなぁと、頬の血を袖口でぺたぺた拭う。
 まぁ、それについては後で考えるとして。

(つぎいこ)


---


 ポールが視界に入った瞬間たっ、と駆け出す。故意的に作られた瓦礫を足場に跳んで、そう広くもないポールの上に着地。

「――ねぇ、」

 拾い上げた指輪を気安く放る。

(たおすのはめんどかった)


---


「なぁ、あんた雲雀の姉ちゃんのほうだよな?」
「…喧嘩売ってるのかな」
「いや、ちげーって!」

「いいのかい? もし僕がそれを肯定すれば君たちは失格になると思うけど」
「…それもそーっすね」

(てんねんこわい)


---


「……」
「大丈夫。悟られるようなヘマはしませんよ」
「…何の用?」
「あなたの雲雀恭弥振りが素晴らしかったので、一つ助言を」
「…聞きましょう?」
「あなたの幻覚能力はそのほとんどが内向きに作用しています。六道眼の力を抜きにしても強力な力だ」

(だからこそ、)


---


 呼びつけるようなエンジン音にどきりとした。あちゃーと内心肩を竦め、だからといって逃げられるはずもない。

(もう飽きたんじゃ…?)

 大人しく待ってくれているうちに行かないと後が大変だ。

(けがしてるきがした)


---


「君にしては派手にやられたね」
「…そう?」
「さっさと乗りなよ。わざわざ迎えに来てあげたんだ」
「でも私血だらけ…」
「それが何」
「……もう…」

(どうせあらうのはきみ)


---


「随分綺麗に切れてるね」
「だとしても接着剤はやめてね」
「するわけないだろ」

「――ひゃっ!」
「うるさい」
「ちょっ、舐めるなら舐めるって言ってよ心の準備するから!」
「キスするよ」
「!!」

「――…あまい、」
「普通に血の味だったけど…」
「甘いよ。胸焼けしそうだ」
「じゃあもういいでしょ? いい加減シャワー浴びてさっぱりしたいんだけど」
「その怪我で?」
「う…」
「君に自虐趣味があるなんて知らなかったな」
「そんな風に言わなくったって…」

「イツキ」
「……なによ…」
「今度から顔は避けなよ」
「…嫌?」
「目障り」
「わかった」

「…ちょっと、なんでそこで笑うのさ」

(おんなのこだからね)


----


 和室に本棚を置くと畳が傷むだろうとか、そんな理由。
 人目を憚るようなものばかり押し込められた屋敷の地下に書庫があるのは、別に見つかるとまずい文献ばかり並べられているからじゃない。
 その手のものは資料室だ。

「――姉さん」

 ぱらりぱらりと、流し読んでいた本から顔を上げる。
 作られた当初こそ「図書室」なんて呼ばれ方をされていた部屋は今、内状を知っている誰からもそうは呼ばれていない。

「なに?」

 まぁ確かに、そんな可愛らしい蔵書量ではないけど。

「なに、じゃないよ。僕と手合わせしてくれる約束だったろ」
「…もうそんな時間?」
「あと二分で遅刻」
「あちゃー…」

 これ見よがしに時計をぶら下げた恭弥はくつりとさもおかしそうに笑った。

「まぁ、こんなことだろうとおもったけどね」

(あねにあまい)


---


「ごめんね?」
「別に怒ってないよ。それに、時間にはちゃんと一緒にいた」
「…そういう問題?」
「そういう問題だよ」

(へりくつでもりくつ)


---


「イツキ」
「…はい?」
「ソファーの脇に本積むのやめなよ。邪魔」
「駄目…?」
「駄目」
「わかりました…」

(せちがらいげんじつ)

 織姫と彦星の話はまぁいいとして。

「どうしたのさ、それ」

 他意なく不思議がっているような視線を受けて、ほんの一枝しかない笹を揺らして見せる。

「もらった」

 帰りがけ、七夕にかこつけパーティーじみたことをするから来ないかと沢田たちに誘われて、断った時に「じゃあ気分だけでも」と御裾分けされた笹だ。二人分の願い事くらいなら吊るせるだろうし、そうでなくとも確かに気分は味わえるだろうとありがたく頂いてきた。

「そういう日だろ? 今日」

 それをただの酔狂のように笑って差し出す。

「あと七夕ゼリーも買ってきた」
「…林檎の星が入ってる?」
「そう」
「昨日も食べたよ」

 声に呆れを滲ませた恭弥に「そうだっけ?」と、とりあえずはとぼけておく。それを言うなら一昨日もだし、実のところ私は明日も食べるつもりでいる。

「君って、気に入ったらひたすらそればっかりだよね。すぐ飽きるくせに」
「飽きたら飽きたでいいんだよ。満足したってことなんだから」


「何から話しましょうか」

「あなた、どこまでわかってやってるの?」
「どこまで、とは?」
「…腹の探り合いをするつもりなら帰るわよ。面倒臭い」

「せっかちですね」
「わかりやすいのが好きなの」

「そうですね…」

「どこまで、という表現は正しくありません。僕はその時々、抗い難い力に従って行動しているだけですから」
「抗い難い力?」


「彼女は自分が抱える闇に無関心で、それがどれほど自分を歪めているか気付いてもいなかった」

「初めはそれでよかったんです。彼女は歪むことでようやく自己を保てているような人でしたし。その歪みも含めて魔女でしたから」

「彼女の誤算は、その闇――狂気、とも言えますが――を自分の中にだけ留めておけると思ったことです」

「二つで一つの眼を分け合った僕たちが、そう都合よく他人でいられるはずないんですけどね」

「まぁそんなわけで、彼女の闇は僕にも伝染しました。その闇は彼女が危惧していた通り僕の精神を引っ掻き回そうとしましたが、――これも彼女の誤算の一つです――同時に六道輪廻を廻った彼女の持つ膨大な記憶という名の情報をももたらしました。その中で僕は、その闇を上手くいけば無力化出来る方法を知ったんです」
「ボンゴレの…」
「えぇ。ですがそれだけなら、他に遣り様はいくらでもありました。知っての通り僕はチートな力を持っていますから」
「そうね。じゃあ何であんなまどろっこしい方法で、しかも今は囚われの身なの?」
「僕は元々デクストラ――左目、という意味ですが――と呼ばれていて、その呼び名を気に入ってもいました。ですがある日、気付いたんです。これからは六道骸でなければいけないと。――なぜなら、」

「それを彼女が望んでいたから」

「……――嗚呼、そういうことなの」

「とんだお笑い種ね」

「結局、変えることだって怖かったんじゃない」

「でも、抗えたんでしょう?」
「おそらくは。ですが抗おうとは思いませんでしたね。彼女が姿を消したのが丁度その頃だったんです。唯一と言っていい手がかりをみすみす捨てる気にはなれませんでした」
「そう」

「沢田綱吉の手によって六道眼に由来する闇を浄化され、当初の目的を果たしたあなたがまだ六道骸でありつづけているのも、同じ理由?」
「だからこうしてあなたと話しているんですよ」

「それで? あなたは私にどうして欲しいの」
「言ったでしょう」

「現状維持、ですよ。あなたにとっても悪い話ではないはずだ」
「あなたはそれでいいの?」
「僕の力はどうやっても彼女のそれを上回ることはありません。本気で逃げられたら見つけようがないんです。ですが現状が維持される限り、少なくとも側にいることは出来る」

「満足、とまでは言いませんが…充分です」
「殊勝だとこ」
「あなたにも覚えがあるのでは?」
「…えぇ、そうね」

「あなたの話なんて聞くんじゃなかった」
「それは了承ととりますよ?」
「少なくとも理由もなく放り出すつもりは端からないわ」
「ならいいんです。その眼があなたの利になることはあっても、害になることはないでしょうから」
「せいぜいそう祈ってることね」

 がつりと打ち付けた頭に一瞬意識が飛びかける。打ち所が悪いと、根拠もない確信が次の行動を急かしながら邪魔していた。
 立ち上がれ。まだ動くな。反撃を。安静に。戦え。もうやめろ。――報復を!

「――……、」

 痛む頭の中で思考が錯綜したのは刹那。結論を待たずに動き出した体が何より正直で、何もかもをねじ伏せるまでに結局二分もかからなかった。
 終わってみればどうして一撃くらってしまったのか分からないほど呆気無い。

「    」
「…何か言った?」

 だけどその代償は大きかった。

(なにもきこえない)


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「匣の研究したいから出資して」
「…うちのラボでやれば?」

(唐突ブラザー)


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 藤堂の家に来てからある程度制限されていた行動範囲を広げる条件として匠は私たちに見張りを付けた。どこで何をしてもいい代わりに必ず天谷を側に置くこと。お世話係だと言われた女性がけしてそのためだけにいる人でないことは明白だった。ただそれが恭弥にとって悪いものでなければ私に不満はないし、そもそも天谷のことは決定事項で、その判断に私たちの意思が介在する余地はない。

(護衛>世話)


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「匠様」
「なんだい?」
「お嬢様なのですが…」
「イツキちゃん?」
「どういう育ち方をしたらあんな野生動物になるんですか」
「何かあったの?」
「人の気配に対して過敏にも程がありますよ。二つ隣の部屋にいる私に気付くってどういうことですか」
「それは凄いね」
「喜ばないでください。あと、その関係でお二人の部屋を移したいのですが…」
「あぁ、うん。そうだね。移したほうがいい。好きな部屋使っていいよ」
「ありがとうございます」

(護衛=殺し屋)


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「あまやさん」
「はい?」
「ありがとう」
「…なんのことでしょう?」
「いいたかっただけ」

(平仮名しゃべり可愛くないか)


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 一口含んで咄嗟に手が伸びた。恭弥が持っていたコップを叩き落として、けほりと飲み込みそうになった「お茶」を吐き出す。

「おねえちゃん?」

 それでも口に入ってしまったものはどうしようもなくて、体が一気に熱を持つのが分かった。
 激しくむせ込む音を異常と聞きつけ戻ってきた天谷の顔が青褪める。

「お嬢様!!」

(どくもられた)


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「毒が効かないってどんな五歳児!?」

「――毒?」
「あ……――申し訳ありません、報告します」
「そうしてくれるかな」

(犯人≠天谷)


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「…大丈夫」
「そんなわけ…っ」
「本当に大丈夫よ。騒がないで。恭弥が心配する」
「お嬢様…」
「体に害があるほど飲んでないから」

(よくあること)


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 人を殺すために育てられた私に匠は人を守れと言う。それも小さな子供を。
 殺すことならたやすいだろう。私はそういうものなのだ。けれど生かすことは難しい。簡単であるはずがない。

(こわしてしまいそうでいやなんだ)


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 天谷の気配は読みづらい。それでも部屋に入ってくれば分かるから、必然眠っていた私の目も覚める。

「申し訳ありません…」
「……」

 恭弥と二人。畳でごろ寝する私たちの上にタオルケットを広げて、天谷は本当に申し訳なさそうに目尻を下げた。
 せっかく寝た振りをしたままやり過ごしてあげようと思ってたのに。

「…あやまらなくてもいいのに」

 軽く体を起こして枕代わりにしたクッションの形を直しながら更に恭弥の方へ身を寄せて、また横になる。
 ふわりと肩までかけられたタオルケットからは温かい匂いがした。

「隣の部屋にいますから、何かあれば呼んでくださいね」
「うん」

(姉は慣れた)


----


「雲雀君のそれは癖ですか?」
「…恭弥がなに?」
「イツキよりも先に料理に手をつけない」
「…あぁ、そのこと」

「まあ、癖と言えば癖なんでしょうね」

「あなたが毒見を?」
「そういうことが月に一度はあるような家にいたし、私なら少しくらい口に入れても平気だから」

(普通に一緒に飯食ってる骸)


----


「恭弥、それ食べちゃ駄目」
「なに、また?」
「これきっつい……何の毒だろ…」
「ねぇ、早くそっち食べてよ」
「まだ舌痺れてるのに…」

(慣れた弟容赦無い)


----


「天谷、天谷。それを私に頂戴な」

 差し出されたのは子供の手。その瓶を渡せと乞うてくる。いつになく年相応の笑みを浮かべたイツキに天谷は戦慄した。つい数時間前まで見知らぬ誰かの悪意によって苦しめられていたとは思えないその笑顔はあまりに完璧でいて、――無邪気すぎる。

「ありがとう」
「っ!」

 手に入れたばかりの「瓶」をみすみす渡してしまったことに気付いたのはイツキにくるりと背を向けられてから。愕然としながら天谷は足取り軽く駆けていくイツキを見送りかけて、はっと我に返りその後を追った。

「お嬢様!?」

(証拠持ち逃げ)


----


「――お前だ!!」

 どこにそんな力があったのか、女とはいえ成人した大人一人引き倒して馬乗りになったイツキは、天谷が止める間もなく瓶の蓋を開け中身を女の顔へぶちまけた。

(暴挙)


----


「同じことがあれば私は何度だって同じことをするわ。だって、そうでしょう? 許せるはずなんてないじゃない。――あの女は恭弥を殺そうとした!!」


「分かってるつもりだったけど、改めて見せつけられると凄まじいね」
「申し訳ありません。私がついていながら…」
「別に謝ることはないよ。元々こうするつもりだったし。たまたまそれが今日で、たまたま手を下したのがイツキちゃんだったってだけ」
「しかし…」
「イツキちゃんがそういう子だって、知ってて引き取ったんだ。――将来が楽しみでいいじゃない」

(小さくなっても頭脳は同じ+証拠=処刑。ただし推理=本能)


----


「姉さん」
「…なぁに? 恭弥」
「自分のせいだと思ってる?」
「…思ってない」
「そう。なら、いいよ」
「つらく、ない?」
「姉さんの方がつらそうな顔してる」
「そんなこと…」
「あるよ」

(弟だと寝込む)


----


「恭弥君の呼び方はさ、なんていうか「僕のお姉ちゃん!」って感じでいいよね」
「…なにそれ」

(また馬鹿なこと言い出した)

「おや、こんな所で奇遇ですね雲雀君」
「……」

 窓の外に体ごと顔を向け頬杖をついた体勢のまま一瞬で目まぐるしく思考を巡らせ、結局恭弥は振り返りもせずテーブルに突っ伏した。

「バテてますねぇ」

 断りもなく向かいの席へ座る骸へ制裁を加えることは疎か言葉を交わすことすら億劫で、出来ることならこのまま眠り込んでしまいたいとすら思っている。
 夏バテだ。

「イイ男が台無しですよ」
「……るさぃ…」

 ようやくそれだけ絞り出して、テーブルの上で組んだ腕へ顔を押し付ける。そんな恭弥の様子に苦笑を一つ。「これは重症ですね」と、骸は運ばれてきたパフェに意識を移した。

「実は僕も少しバテ気味なんです」

 それでも喋ることをやめないのはただの暇潰しだ。恭弥に存在を忘れられないためという意味合いもある。

「まったく嫌になりますよ日本の暑さは。知ってます? 今日の不快指数は午後二時現在92%もあるそうですよ」

 勿論食べながら話す、という行為は骸自身好ましく思わないので言葉は途切れがちになるが、元々相槌さえ期待してはいないのだ。恭弥だって気にしてはいないだろう、と。

「さっきそこでイツキにあったんですけどね? 理屈は分かりますが今日のような日にあの涼しい顔を見ると本当に人間か疑いたくなりますよ。なんなんでしょうね彼女。アリスでさえこの暑さに参って姿を見せないのに」

 君、彼女と暮らしていて殺意が湧きません? ――最後の一口を飲み下して、手放したスプーンがカランと音を立てる。その音を聞きつけたからかどうかは定かでないが、のそりと顔を上げた恭弥に骸は「おや?」と小首を傾げた。けれどそれもすぐ納得に変わる。

「男の子ですねぇ…」
「だまれ」

 来客を告げる柔らかい電子音に遅れて、厨房から飛び出してくる店長らしき男の姿が骸からはよく見えた。「いらっしゃいませ」と曲げられる腰は九十度。その男を片手で軽くあしらいながら一言二言告げ、骸たちのいるボックス席へ目を向ける。涼しい顔をしたイツキに骸は内心げんなりした。それを顔に出したりはしないが。
 汗一つかいていないとはどういうことか。

「ここも藤堂の系列なんですね」
「どうだったかな」
「店長最敬礼ですよ」

 いい大人が、とは思わない。イツキはイツキでそれなりの雰囲気を振りまいているのでそれほどおかしな光景にも見えなかった。何より経営者としてのイツキの手腕は優秀だ。容赦がないとも言えるが。

「キャバッローネが表でやっている会社と共同で新しいブランドを立ち上げるそうですね」
「跳ね馬はまんまと口車に乗せらた」
「というと?」
「…さぁね。僕より君の左目の方が詳しいんじゃない」

 意味ありげに話を濁した恭弥は僅かに体を窓側へ逃し、空いたスペースへするりとイツキが入り込む。

「何の話?」

 持ってきた三人分の飲み物を配って、イツキはちらりと携帯を確認した。

「忙しそうですね」
「あなたは暇そうね。することないなら手伝わない?」
「冗談でしょう」
「口実あげるからマフィア絡みの人身売買組織を一つ潰して欲しいの。証拠は残さず速やかに。資料はクロームに預けてあるわ」
「仕方ありませんね…」
「ありがとう、助かるわ」


「そういうのは僕に回しなよ」
「国外だから駄目。日帰り出来ないし。知ってる? あっちは酷い時昼間の気温が四十度超えるのよ」
「あぁ、無理」
「でしょ?」


「あ、来た」
「何か待ってたんですか?」
「アリスに車回させたの。夜はきな臭いパーティーよ。上手くいけば麻薬組織を一つ潰して新興マフィアの鼻っ柱をへし折れるんだけど…骸も来る?」
「面白そうですね」
「四人なら人数も丁度いいわ。ツーペア。見栄えもいいし」


「ここは私が持つから」


「以前見た車と違いますね」
「あれはプライベート用。これは仕事用」
「四人乗りのフェラーリなんて邪道です」
「奇遇ね、私もそう思うわ。でも四人乗れないと困るでしょ」
「それもそうですけどね」


「出して」
「りょーかい」
「すっかり雑用係が板につきましたね」
「言ってくれるな」


「ドレスコードがあるようなパーティーなんですか?」
「まぁね。それなりにちゃんとしてるわよ、パーティー自体は」


「――薬臭い」
「麻薬犬か何かですか君は」
「アルコールと混ざって悪酔いしそうだ。さっさと片付けよう」
「もうちょっと待って。ブジャルドがまだ来てないの」


「――来たぞ、ブジャルドだ」
「もういい?」
「まーだ。別室に移るまで待って。――骸は?」
「モニタールームの方に回った」
「あと何分?」
「…もう終わったよ」
「恭弥、いいわよ」
「待たせすぎ」


「はい撤収ー」
「記憶の処理は?」
「いつも通りに。骸も呼び戻して」
「エレベーターホール辺りで合流出来る」
「恭弥」


「どうぞ」
「なに? それ」
「僕よりあなたが持っていた方が面白いことになりそうな情報ですよ。ついでにとってきました」
「そう。じゃあもらっておく」


----


「あ、イツキさんだ」
「雲雀も一緒みたいっすね」
「うん。――あ…」
「げ」
「ははっ、骸も一緒なのな」
「しかもあいつらが出てきたのファミレスじゃねーか!」
「仲良いのかな、あの三人」
「どうせ悪巧みしてたに決まってますよ、十代目!」
「悪巧みって…まぁ確かにそうかも知れないけど…」

 くたりと横になったままぴくりとも動かない。俯せたまま死んだように眠るイツキの傍らで、恭弥は大人しく本を読んでいた。他にすることもしたいこともなく、ただこの場を離れるべきでないことだけは分かっている。イツキの眠りは浅いのだ。
 恭弥が側にいて、たまに寄りかかったりちょっかいをかける分には問題ないのに、どこかへ行こうとすればたちどころに目を覚ましてしまう。人が近付いてきた時もそう。この家に来てからイツキは前にも増して自分以外の人間を寄せ付けなくなったと恭弥は思っている。イツキがそれをあからさまに態度で示すことこそないが、少なくとも前の家にいた時より外面が良くなっているのは確かだ。イツキはいつもそうやって面倒事を回避する。今までそれが通用しなかったのは一人だけ。その一人はもういない。もう二度とあの理不尽がイツキの身に降りかかることがないと知った時、恭弥は正直安堵した。そうするより他に何も浮かばなかった。イツキがいらないと思って捨てたものは恭弥にとってもいらないもの。双子なのだからそれが当然だと、恭弥は信じて疑わない。イツキがこうと決めるのは、いつだって恭弥のためなのだ。

「――……」

 不意に目を覚ましたイツキが、傍らに放り出していた本を手に取り体を起こす。寝乱れた髪を手早く直し、恭弥と背中合わせに座るまではあっという間だった。服越しの体温が恭弥へ届く頃には、障子を開け放った部屋の前に匠が顔を出す。

「イツキちゃん、恭弥君。ごはんだよー」
「はぁい」

 イツキは素直に応えて、立ち上がりがてら恭弥の手を引く。そうされて初めて恭弥は顔を上げた。
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