道端で「ばったり」が成立するには無理のある相手だと思ったけど、口には出さないでおいた。
「こんにちは」
「…今更来られても反応に困るんだけど」
赤いおしゃぶりを持つ《嵐》のアルコバレーノ。――風は私の言葉を受けて「すみません」と一言謝罪した。
「どうしてあやまるの」
塀の上を歩きながらついてきていた黒猫が、民家の敷地へ入り込む野良猫の体で姿を眩ませる。気を使ったつもりなのだろうかと頭の隅でぼんやり考えながら、私は「向き合う」と表現するには小さすぎる赤ん坊を見下ろしていた。
「謝られたって私はあなたを許してあげられない」
だって彼は「赤ん坊」なのだ。
「恨んでさえいないのよ、アルコバレーノ」
「――あれでよかったのか?」
どこからともなく姿を現しながら聞いてくる。黒猫でないアリスの横顔をちらりと見遣って、「いいのよ」と私は嘘を吐くでもない。大体、他にどうすればよかったというのだろう。私とあのアルコバレーノはほとんど初対面も同じだったのに。
「今更家族面されても面倒臭いし」
それらしいのならとっくに間に合っている。
(そして「なかった事にしよう」と頭を振った/姉と左目。そうぐう)
リボーンに「一晩でいいから知り合いを泊めてやってくれ」と頼まれた。どう考えたって厄介事か面倒事であるとしか思えなかったから断わるつもりでいたのに、ついうっかり引き受けてしまったのは提示された報酬があまりに魅力的だったから。
「おい、入っていいぞ。――風」
引き受けてすぐに後悔した。
「じゃあ、頼んだからな」
人間、欲に目が眩むと大抵碌なことがない。
「……泊めるのは一晩だけだから」
「はい。――お世話になります」
折り目正しく、あくまで「面倒事」という立場を自覚したままに赤いおしゃぶりを持つ赤ん坊――風はぺこりと頭を下げた。《嵐》のアルコバレーノ。イーピンの師匠でもある拳法家。
「――イツキ?」
恭弥に呼ばれて、風の顔を凝視していた自分に気付く。
「なんでもない…」
ゆるりと首を横に振ったって恭弥にはお見通しだ。ぞんざいな嘘は下手な誤魔化しにもなっていない。
「ちょっとびっくりしただけ」
それでも言う気がないと態度で示せば放っておいてくれる。だから私もそれに甘えて、半ば無理矢理風への視線を断ち切った。
「来なよ。…アルコバレーノ」
「――はい」
風が何食わぬ顔でいることより、私が平然としていられることの方がきっと問題だ。
(初めて会うのに見慣れた容貌/姉と弟。かいしょうなし)
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ホグワーツでの一年目が終わった。
キングス・クロス駅。九と四分の三番線ホームへ到着したホグワーツ特急を降りると、ようやく実感が湧いてくる。
「では、わたくしはお先に失礼します」
アリアと別れ、人混みの中にぽつんと一人。
いつの間にかいなくなっている猫のことは気にならなかった。
「――おい、放蕩娘」
気にしてなんていられない。
「最初っから最後まで、手紙の一つも寄越さないとはどういう了見だ?」
「レイチェル…」
まさかこんな所まで出張ってくるとは、正直夢にも思わなかった。
「あからさまに「しまった」って顔すんな」
短く切られ毛先のばらついた黒髪に、真紅の瞳。何より特徴的な魔力の質が、どこにいたって異彩を放ってしょうがない。
なのにレイチェルはいつの間にか傍にいて、遠慮の欠片もない遣り様で私の頭を揉みくちゃにした。
「……ぐぅ…」
「リドルはどうした?」
ぐらぐらぐらぐら頭が揺れる。「知らない」と、答える声もぶれていた。
「レイチェル。それくらいにしないとルーラの首がもげるよ」
「あぁ、いたな」
与えられた役目は一つ。その役目を果たすため、作られた道具は人と同じ形をしていた。
「…それが僕の代わり?」
ある一つの選択肢として造られた。一応の性別として女を与えられた人形は、にこりともせず「はじめまして」とお辞儀する。
教えられた礼儀をただなぞるだけの、糸で吊ったような動き。
「趣味が悪いね」
ただ一つ。与えられた役目を果たすだけならば、人と同じである必然はどこにもなかった。
「どの道ある程度の自我は必要になる」
「自我?」
重要なのは、ほんの少しばかり足りない「何か」を補う存在。
腕の中へ抱え込んだ猫が不意に身を捩るよう私の耳元へ鼻先を寄せる。
「誰か来た」
ページを捲る手を止めて、私は静かにローブを引き寄せる。
「こんな時間に?」
「教師ではなさそうだけど」
「…こんな時間に?」
特等席の窓際を音が立たないよう努めて静かに離れる。読みかけの禁書をとりあえず元あった場所へ押し込んで、飛びついてきた猫を抱えた。
まず走りだしたのは私。次に猫。最後は私に手を掴まれた英雄君。
響く足音は一人分だ。
「…あら、便利な物を持ってるのね」
「君はどうしてあんなところに…」
「図書館よ? 読書に決まってるじゃない」
「見られてよかったの?」
「上級生だとでも思うよ」
「…だといいけど」
「…なんで制服?」
「学生気分もいいかと思って」
「開き直ったの?」
「そんなところ」
「ご苦労様」
ヘッドセットを脱ぎ捨てて、そのままヘリから身を投げる。
恭弥に遅れることほんの数秒。難なく地上へ着地して、ばさりと上着の裾を払った。
「雲雀イツキだと!?」
ヘリに乗ると、分かっている日に制服で来るほど恥知らずじゃない。
「何故貴様が…!」
「あれくらいで私を殺せると思った?」
いけしゃあしゃあと言って退け、くすりと笑う。余裕綽々。私が死にかけてさえいないことはたった今、証明されたばかりの事実だ。
「生憎、そう簡単には死なないの。まだ若いから」
---
「イツキ」
「なに?」
「ほんとうに大丈夫なんだな」
「大丈夫じゃなさそうに見える?」
「いいや」
「ほんとにお生憎様。むしろ刺される前より調子はいいくらいよ」
---
「クロームが結界の中へ連れ込まれました」
「…それって何かまずいこと?」
「通常は」
「世の中おかしいことだらけよ」
「僕の力はもう彼女へ届いていません」
「――幻覚が?」
---
「――見つけた」
極々平坦に呟いて、呼びつけるまでもなく現れたヴィンチトーレを腕にとまらせる。
「形態変化」
血が熱くなるような、それは一瞬の高揚。
---
「――その手を離せ。D・スペード」
---
「どちらがより強いマインドコントロールを使えるか、試してみる? D・スペード。あなただって相当化物じみてるけど。魔女に勝つ自信があるのなら」
「ヌフフフフ。そういうことですか。てっきりあの魔女は死んだものと思っていましたが……あなたが…」
---
「ならばあなたにも消えてもらいましょう。私の計画にタブーは必要ない」
---
「アリス」
「抑え込めばいいのか?」
「出来るわね」
「お前が信じてくれるなら」
---
「クローム!」
「答えなさい。あなたは誰のために生きてるの」
「わたし、は…」
「クローム髑髏!」
---
「かわいそうに。このままでは壊れてしまう」
「ミーゥ」
「…なに」
「疲れちゃった?」
「いいや。…考えごと」
「本当…?」
「本当だって」
活動限界、というものが俺にはあって、ラナ・スプリプスはそれを気にしてる。「大丈夫だよ」と俺が笑って見せても、今日はずっと心配そうにしっぱなし。
大体にして、夜はラナの時間じゃないから。
「トリック・オア・トリート!」
「楽しんでんなぁ…」
「菓子よこせ!」
「スタッフにんなもんたかんなー」
「ないの?」
「…あるけどな」
「なんだ、残念」
「何事も無く終わりそうだな」
「そうね」
「去年は吸血鬼が出て大変だったらしいけど」
「――今年は三番目が来てるからな」
「…誰です?」
「三番目の始祖鬼。ジキルが娘のヴァンパイアハンターを連れてきてるから、並大抵の吸血鬼は大人しいものさ」
「始祖鬼の娘がハンターですか…ダンピール上がり?」
「あぁ。今年は他にも結構大物が来てるし、死人は出そうにないな」
「そりゃ凄い」
「この後は適当に上がってくれて構わない。後片付けは他にやらせるから」
「…それはどうも?」
「明日は丸一日公欠扱いだから、ゆっくり休むといい」
「…バレてんな」
「バレてるわね」
「どこまでバレてると思う?」
「全部じゃない?」
「まじでか」
「聞かれる前に言っておくけど、私は親切で倒れた君を運んであげたんだからね? こういう言い方は好きじゃないけど、わざわざ君に害がないよう気をつけながら魔力も分けてあげたんだ」
「だから天使の歌くらい大目に見ろと…?」
「感謝しろとまでは言わない」
「……」
あくまで悪怯れないフェアフリードに、ベルーフも喧しく言う気は失せた。限界まで使い果たしたはずの魔力が回復しているのも本当で、それがフェアフリードによってもたらされたものだとすれば、相当に手間のかかる作業だったことは想像に難くない。フェアフリードは魔属の生き物であるにも関わらず、天使同様聖属の力しか持たないのだ。そんなものを空っぽの器へ注がれてはどんな吸血鬼であろうと一溜まりもない。
「ところで、君が助けた少年だけど」
「少年…?」
「…違うのかい? 状況的にてっきりそんな感じなんじゃないかと思って一緒に連れて来てるんだけど――」
「あれは猫だ」
「なら君が助けた猫君。彼はあっちのソファーに寝かせてあるからね」
「あぁ…」
「もう平気? なんならもう少し魔力を分けてあげようか」
「いらない」
「なら私たちは帰るよ。――カノン」
「はい」
「フェアフリード」
「なんだい?」
「ありがとう」
「――どういたしまして」
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