真赤な花が咲いていた。たった今ぶちまけられた鮮血で色を得たように瑞々しくて毒々しい赤を誇らしげにした、花が。
私はその花へと呼びかける。
「レーヴァテイン」
花は揺れて、輪郭をぼやかし、やがて人の形を模した。
「なぁに?」
「なぁに、じゃない」
真赤な子供が、宙に浮いたまま緩く膝を抱えて、笑う。酷く愉快そうに。酷く、嬉しそうに。
レーヴァテインと、私はもう一度その名を口にした。
「大丈夫よ」
子供は笑う。酷く無邪気に。何が大丈夫なものかと、私は顔を顰めた。
「だから、ねぇ、怒らないで?」
冷たい手の平が頬に触れる。至近距離で覗き込んだ子供の目には、真赤な私が映り込んでいた。
「大丈夫だから」
ゴトリ、と。
「ッ、――貴様…っ!」
音を立てて、二人の意識が入れ替わる。私からレーヴァテインへ。体の支配は奪われて、私はただの傍観者になった。
「その体を勝手に使うな!!」
「凄んだって怖くないわよ。だって貴方、私になぁんにも出来ないじゃない」
忌々しげに舌打ちするリーヴの唇から滴る血の味が、私の唇からもする。何が楽しいのかレーヴァテインはけらけら笑いながら飛び退いてリーヴから距離をとった。
「貴方は私になぁんにも出来ない。だってこれはあの子の体だから!」
「黙れ!」
奪った魔力で元に戻した体を見せびらかすようにぐるりとその場でターンして、また笑う。リーヴの機嫌はもう最悪だ。これ以上悪くなりようが無いのに挑発なんてしないで欲しい。後始末を丸投げされて被害を被るのは私なんだから。
「貴方がいけないのよ。さっさと魔力をくれないから、私が文句言われちゃったじゃない」
でもこれで大丈夫。――したり顔でのたまうレーヴァテインに、何が大丈夫なものかと私は夢の中と同じように顔を顰めた。
「元はと言えばお前が――!」
そしてまた、ゴトリと音がする。二人の意識が入れ替わる音。咄嗟に体の感覚を掴みかけて傾いた体を、直前まで声を荒げていたリーヴがそっと抱きとめる。
「リーヴィ…?」
その手つきは明らかに《私》に対してのものなのに、どこか確信の持てない呼び方が少しおかしかった。
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闇を掻き集めたように真暗い泉の中で、その子はいつも泣いている。
真黒くて中の見えない泉の水に腰まで沈めて、顔を覆って泣いている。
「どうして泣いているの」
世界が憎い人間が怖い自分が嫌い。――たった一つの質問に、返る答えはいつも違った。
師匠に《お使い》を頼まれた。なんだか危ないお使いらしい。
「死にそうになったらちゃんと悲鳴上げるのよ」
「王宮までの届け物で死にそうになる理由が分かりません師匠」
「魔法師を見たら敵と思うのよ」
「四面楚歌ですか師匠」
「記憶を取り戻したの」
それは本来、喜ばしいはずだ。けれど生贄の姫の表情は晴れない。
「…そうか」
その理由を、巨人の王は知っていた。生贄の姫が失くした記憶の全てを、既に手に入れていたからだ。
黒猫は器用に表情を歪めた。真紅の瞳をそうっと細めて、少しだけ眉間に皺を寄せ、ソファーでくつろぐ私を見据える。
「怖い顔しないでよ」
誰に何と言われようが、私からアロウに真実を伝える気はなかった。そうすることが必要だとは、どうしても思えないから。
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