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小噺専用
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 窓から差し込む朝日を忌々しそうに一瞥した黒猫は、足早に部屋を横切って寝台に飛び乗る。

「どう思う?」

 脱いだ上着を少し考えてから次元の狭間に落とし込むと、足元の床が僅かに歪むのが見て取れた。注視していなければ気付けない程度のものだったが、確かに歪んでいた。

「ねぇ、」

 聞いてる? ――言外の問いかけにも答えず、丸くなった黒猫は目を閉じる。分かり易い意思表示であったが何故かイラッときて、気付けば衝動的に次元を抉じ開けていた。
 黒猫の真上で、僅かに景色が歪む。

「シャワー浴びてくる」

 大量の荷物に押しつぶされ、黒猫はニギャッと可愛げのない声を上げた。
 寝台のある部屋と浴室とを仕切る薄っぺらい扉に手をかけ一度振り返ってみると、タイミングよく山となった荷物が雪崩を起こす。黒猫は埋まったまま。

 
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 隣国への商人が立ち寄るだけあって、大きさこそたかが知れているものの、活気に溢れ、宿の質もよく、素直に好ましい町だと思った。闇の気配も濃いどころか逆に薄いくらいで、だからこそ、近くの森にあれだけの魔物が集まる理由が分からない。

「おい、聞いてんのか?」

 窓の外に広がる起きぬけの町から室内へと目を戻すと、ベッドの枕元には早々と黒猫が丸まり目を閉じていた。完全に眠ってしまったわけではないのだろうが、顔を上げる気配はない。

(気にする必要はないってことか…?)

「黒の書第四二項、雷[サンダー]」

 月のない夜の深い闇に紛れ、息を殺していた一匹の魔物は、突如として発現した魔力に戦慄した。

「雷[イカズチ]よ、闇を切り裂き下れ」

 バチリと、大気が不穏な音を立てて震える。
 己への脅威を排除するべく物陰を飛び出した魔物の、鋭く伸びきった爪を前に、少女は魔法書の項を辿っていた杖をさっと振り上げ、不敵に笑った。

「白の書第二五項、盾[シールド]」

 間一髪で突き出された魔物の爪は少女に届くことなく、少女を守るように張り巡らされた不可視の壁によって阻まれる。

「終わりだ」

 遥か頭上の暗雲から下った紫電は、轟音とともに魔物を貫いた。断末魔の叫びを上げる間もない、一瞬の死に、魔物は己の死を自覚するまもなく崩れ落ちる。

「貴女にかかれば、初級魔法も立派な凶器ですね」

 足元から流れるように消えていく〝盾〟と入れ代わるように現れた気配に、少女は魔物の屍から己の魔法書へと目を移し、それを消した。

「二桁の魔法は力配分が面倒すぎる」
「そう言うのは貴女くらいのものですよ、暁羽」

 もう一度振り下ろされた杖にあわせ落ちた雷は、そこに魔物がいたという痕跡さえ焼き尽くす。

「お前だってザコの召喚はしないだろうが、――蒼燈」

 少女――暁羽――は役目を終えた杖を魔法書同様、抉じ開けた次元の狭間へと放り込み、空いた手を上着のポケットへと押し込んだ。吐き出された息は僅かに白く、――もうすぐ夜が明ける。

「僕には夜空がいますから」
「…よく言う」

 そろそろ引き上げ時だろうと、暁羽は周囲に魔物の気配がないことを丁寧に探ってから、傍らに立つ少年――蒼燈――と目配せし歩き出した。

「明け方は寒くなってきましたね」
「ああ…」

 蒼燈の言葉に短い返事を返して、立てた襟に顔を埋める。

(もう半月、か)

 フィーアラル王国の王都イザヴェルから遠く離れた辺境の地で、王立魔法学校の生徒である暁羽と蒼燈は魔物退治の任についていた。完全な実力主義の魔法学校ではよくあることで、いくつかの条件をクリアすれば、生徒も魔物退治へと借り出される。
 良くも悪くも、二人は王都を空けていることが多かった。

「頃合いじゃありませんか?」

 暁羽は無言のまま首肯する。返事をするために息を吸うと、そこから凍り付いてしまいそうだったからだ。

「次の町で一通り魔物を倒したら、戻りましょう」
「…わかった」

 白んできた空を眩しそうに見上げていた蒼燈が、一つ頷いて歩調を速める。

「いい加減疲れましたからね」
「同感」

 元々、そう密集していたわけではない木々が完全に途切れ、二人は森を抜けた。

「――フィーネ」

 前に出た蒼燈が振り向きざま杖を振って、二人が魔物を狩っている間、関係のない人間が入れないよう張り巡らされていた人払いの魔法陣が効力を失う。

「ニャーア」

 分かたれていた陣の内側と外側とが混ざり合い、吹き込んだ風とともに、一匹の黒猫が暁羽の肩に飛び乗った。

「あぁ、おまたせ」

 器用に肩の上でバランスを取る黒猫に頬を寄せ暁羽が息を吐くと、擦り寄られた黒猫は気遣わしげな鳴き声を上げる。
 微笑ましい光景ではあったが、蒼燈はそんな一人と一匹には目もくれず、あらかじめ宿を取っておいた町への道を黙々と進んだ。

「なぁ、蒼燈」

 あと少しで町に入るというところで、暁羽が蒼燈を呼び止め立ち止まる。何気なく振り返った蒼燈は思いがけず真剣な表情で今しがた後にしたばかりの森を見据える暁羽に内心首を傾げた。

「今日は何匹倒した?」
「いちいち数えてはいませんよ。少し多かったような気はしますが…」
「そう、多かった。魔物の好むような環境も、獲物も、宝もないのに。俺の勘違いでなけりゃ、あの森にはそこの町なんて半日もあれば無人に出来るくらいの魔物がいた。――これは、異常だ」

 確かに異常だと思った。大抵のことなら「面倒だ」と捨て置いてしまう暁羽がこうして話を振ってきたこともそうだし、自分と暁羽の二人が組んで、たかが魔物退治に夜明けを見たことも、そう。けれど、

「考えすぎじゃありませんか? 単なる偶然かも」

 けれど蒼燈はあえて気付かない振りをして、自分でも白々しいと思えるような言葉を吐いた。

「…だといいがな」

 そんな蒼燈に暁羽も深く追求しようとはせず、溜息ともつかないか細い吐息を吐き出して、森に背を向ける。

「僕としては、面倒ごとは遠慮願いたいものですけどね」

 すれ違いざま零された本音には、ニャアと、黒猫の愉しげな鳴き声だけが返った。
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