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 痛みはなかった



 感じるのは抜き取られる命の水に名残惜しさを感じさせないほどの快楽
 与えられるそれに身を任せていればすぐに何も分からなくなった
 何も分からなくなって・・そして唐突に理解する



 彼女は人ではないのだ。と



 戯言でもなんでもなく彼女の言葉は全てが真実
 故にその別れの言葉すら真実なのだろう。彼女はきっと己の理[コトワリ]を曲げる事はしない



「ぁ」



 僕に別れの言葉すら許さず君はいなくなる
 現れたときの様に唐突に、幻の様に消えてしまう



 さようなら、僕のとても愛しい人
 さようなら、どんなに希っても手の届かない人でない人
 さようなら、きっと僕はもう君以外愛せない
 さようなら、君は全てにおいて公平だった



 だから僕の下には残ってくれないのだろう



 さようなら、僕は決して君の事忘れはしない
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 帰る場所は今も昔もない。けれど、少なくともついさっきまでは私のことを知る人がいた。
 カグヤという傀儡師[クグツシ]の一族を束ねる妖怪ではなく、私という個人を知り尊重してくれる彼は、もういない。
 ついさっき失われた。私はただ哀しむでもなくその存在が感じられなくなるのを見過ごした。



「私と来る?」



 きっと助けようと思えば出来た。でも、私はそれをしなかった。



「私と一緒にいてくれる?」



 きっと貴女は彼の代わり。でも貴女はそんな事知らなくていい。
 ただ私の側にいて、離しかけて、幸せそうな笑顔を振りまいて。
「母さんっ!!」



 けたたましい音を立て扉が開いた。
 ベッドの上でうつ伏せていたサクは顔を上げ視線を彷徨わせる。



「・・・何?」



 漸く視界に入った愛娘はソファーの側に仁王立ちしていた。



「ゲストチームの一人ってあれ南野だよ! 同じクラスの!!」
「そうだね」
「そうだね、って・・知ってたの?!」
「ミナミノクンが妖怪だって事? それともこの試合に出てるって事?」
「っ」



 シャワーを浴びたまま放置していた髪はもう乾いてる。



「じゃあ、母さんは全部知っててここに来たの?」
「千尋は何が嫌なの? 私が貴女のクラスメイトを殺すこと? それとも貴女に彼のこと何も言わなかった事?」
「嫌とかそういう問題じゃ・・」
「ごめんね」



 どうしてこの髪が茶色いのか、どうして鏡に映る私の瞳は黒いのか。



「私ね、千尋に言ってない事沢山あるの」



 その理由はとても大切。だってその理由がなければ私はここにいられない。



「だけど信じて? 私は千尋の嫌なことはしないから」



 伏せられたサクの視線と揺らいだ妖気に千尋は息を呑んだ。
 やめて。擦れた声で呟いて、小さく一歩後退[アトズサ]る。



「千尋?」
「母さんさっきからおかしいよ、何でいつもみたいに軽くあしらわないの? 小百合さんの事だってホントは一緒にいたくないくせに」
 戦う事に理由が必要ですか?
 生きる事に理由が必要ですか?
 生まれた事に理由が必要ですか?
 生き続ける事に理由が必要ですか?
 死ぬ事に理由が必要ですか?
 死を恐れない事に理由が必要ですか?



 私は楽しければどうでもいい。



 理由なんて要らない。
 理由なんて必要ない。



 死の向こうに楽しい事があるのなら私は死んでも構わない。
 生きていたらもっと楽しい事があるかもしれないからただ生きている。
 生き続けたらつまらないことも楽しいと思えるかもしれないからとりあえず生き続ける。
 戦うことはとりあえず楽しい。



 全てに理由が必要ですか?
「もう一人の私に会って、彼女に愛を貰いなさい」



 愛なんて貴女に腐るほど貰った。



「花城を怨まないでね」



 その言葉は飽きるほど聞いた。



「貴方を守れない私を許してね」
「そんな事、ない」



 貴女は俺を守ってくれた。少なくとも俺は?死にたい?なんて思ったことない。
 俺は幸福だったんだ。だから哀しまないで母さん。



「ごめんね?」
「あやまらないでよ」
「もう一人の私が、きっと貴方を愛してくれるから」
「うん」



 愛も、幸せも、温かさも、もう十分すぎるほど貴女に貰った。



「最期に、私のお願い聞いてくれる?」



 最期なんて言わないで。



「何?」



 貴女が望めば生きられるから。



「私が死んで、貴方がもう一人の私に会えたら伝えて欲しいの」
「うん」
「私は幸せでした。ありがとう・・・って」



 だから泣かないで。



「必ず伝える。だから笑って?」



 最期に貴女の笑顔を見せて。



「うん。・・おやすみ――」
 何も無い闇の中に漂っていた。
 月光華が傷ついた華を捨て新しい蕾をつける度に意識が浮上する。
 そんな中で、哀しげな呼び声を聞いた。

「イザ」

 白濁とした意識はその声を捕らえはするけれど、そこから答を導こうとはしない。
 だから、ただその声に耳を傾けていた。

「イザ」

 こんなにも傷ついたのは初めてで、何もかもが追いつかない。

「イザ」

 早く目覚めなければと思っても、それが何故かは思い出せない。

「私の――」

 哀しまないでと、誰にともなく呟いた。
 艶やかな銀糸が流れ落ちた。

「まだ、続けるのか?」

 その声を独占したくないと言えば嘘になる。

「お前は私のためだけに咲いていればいい」

 けれど私は私でありたいと、

「私の月光華」

決して手の届かない場所にある月を求め健気に花咲く月光華そのままでありたいと、そう望む私は愚かなのだろうか。
 手の届く幸福を突き放し更なる幸を求める私を、貴方はどういう目で見ているのだろうか。

「私の――」

 貴方はいつか私を必要としなくなるのだろうか。
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