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「ねぇララ! 一緒にお弁当食べよう!?」



 廊下の向こうから駆けて来る人影にララは苦笑しながら立ち止まった。



「分かってる、屋上でしょ?」



 言葉と共に片手に持った包みを上げる。
 満足気に頷くとレイはララの腕を取り、今度は走らずゆっくりと歩き出した。



「さっすがララ、行こう!」
「うん」



 それが二人の日常。
 決して不変ではない、けれど限りなくそれに近い平和。



「でねっ、その後・・」
「なに、またエンヴィー?」
「そう! 久々に出てきてね、もう凄くカッコ良かったんだよ」



 屋上への階段へと差し掛かりララは気持ち視線を上向けた。



「それでね・・」



 レイの話は止まらない。



「エドがねぇ、」



 もったいぶった声で前置き階段を駆け上がると、扉に手をかけレイはララを顧みた。
 固い金属音。



「・・・あれ?」
「開いてないの?」



 ノブに手をかけたまま首を傾げるレイと入れ替わるように手を伸ばし、ララはノブを捻る。



「あっれ?」



 いつもと同じ、軽い手応えと共に開いた扉に今度はララが首を傾げた。



「変な捻り方でもしたの?」



 そして、



「!?」
「ララ!!」



 あまりにも唐突にそれは訪れる。



































「――夢?」



 辛うじて指先に引っ掛かっていた本が音を立てて床へと落ちた。
 幸せで哀しくて朧げなそれは――



「夢、か」



 所詮幻。
 部屋を照らす太陽は赤。まるで飛び散る鮮血のような色。



「屋上から見える太陽はオレンジ色だったね、レイ」



 けれど全ては気の遠くなるほど昔の話。



「貴女の顔が思い出せないの」



 少しずつ消えていった。



「貴女の髪は何色だった?」



 貴女の声。貴女の目。貴女の全てが失われる。
 残酷な知識だけが色鮮やかに蘇る。



「貴女が大好きな漫画なんだよ、私が憶えていても意味がない。私がいても意味がない」



 そうでしょう?



「貴女が彼に会うべきだったのよ」



 中途半端な私なんかじゃなくて。














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 オレが目覚めて最初に見たのは、冷めたアイスブルーの瞳。
 笑うでもなく怒るでもなくただ無表情に見下ろしてくるその瞳に、今思えばその時囚われたのかもしれない。



































 【deep blue moon】



































「見つけた」



 夜の闇に落ちた声の主は幼い少女だった。
 月を背に立ち、人気の無い通りを見下ろしながら年に似合わぬ仕草で愚かな人をせせら笑う。



「共も連れてないなんてね」



 何の躊躇いもなく地を蹴ったのは紛れもない彼女の足。
 怪我どころではすまない高さからの跳躍に、声を上げたのは見事な着地を決めた少女ではなくそこを通りがかった軍将校。



「なっ、なんだね君は!!」



 長く伸ばされた銀の髪が風に靡く。



「――蛇よ」



































 人を喰らう、銀の蛇がいる。
 不意に闇と同化していた気配が動いて、背後から腰と首に手が回る。
 やっぱり来た。そう思うより早く首を傾けられ首筋に牙を立てられた。



「っ」
「――どういうことだ」



 昨日よりも遥かに少ない量の血を抜かれ、それでもふらついた足を腰に回された腕が支える。
 ざらりとした舌がもう消えてしまった傷口を舐め上げた。



「だから言ったでしょ? 襲うならもっと普通の人間にすればよかったのに、って」
「どういう・・」





「呪われてるのよ、私の血は」





「なんだと?」
「欲しかったんでしょ? 私の血が。吐気がしたんでしょ? 私以外の血に」
「・・・」



 沈黙は肯定。



「私の血を体内に取り込んだ生き物は例外なくこの血に侵される。24時間ごとに私の血を摂取しなければ肉体は崩壊し、塵と化す。・・逆に摂取し続ければ永遠の命を得られる、私と同じように」
「同じ・・」
「私は不老不死、少なくとも私を所有するプロメテウスの人間はそう思ってる。この血で何度もそういう実験が行われてきた」
「不死族か」



 男の両手が腰に回った。



「普通種でも吸血種でも吸魂種でもないけどね」
「純血種だな」
「なにそれ」
「今はもう失われた完全なる不死族。奴らは自分の血で他の生き物を隷属させる、短命な人間共は知らないだろうがな」



 失われた。
 その一言に心臓が高鳴る。



「どうして純血種はいなくなったの」



 声が掠れたのが自分でもはっきりと分かった。
 僅かな沈黙の後、溜息と共に男は私の首に顔を埋める。



「始祖鬼クライシスに滅ぼされた。その後からだな、不死族に吸血種や普通種が生まれたのは」



 でもそのクライシスももういない。奴がどうやって純血種を殺したのか誰も知らない。



「純血種は死なないの?」
「・・死にたいのか」
「そう、私は死にたい」
「残念だがそれは無理だな、純血種に隷属した者の命は血の主に追従する。俺がお前を死なせない。・・それ以前に純血種は死ぬ事も出来ない」



 どんなに甘い夢でも長続きしなければ悪夢でしかない。
 一瞬だけ希望をちらつかせてまた現実を突きつける、なんて残酷な仕打ち。



「私を守る? 吸血種の貴方が?」




 絶望はしないはずだった。



「ふざけないで」



 ガラス張りの宇宙[ソラ]に伸ばした手を腰に回っていた腕が絡め取る。
 誰か殺して。そう声を発する前に力の抜けた体を反転させられ、強引に口付けられた。



「ふざけてなんかないさ」



 微かに残った鉄の味。呪われた血。



「俺はお前の僕[シモベ]だよ」



 解放は許されないと本当は分かっていた。
 時が経とうと老いることはなく、傷は数秒で塞がり、体のどこを失おうとすぐに再生する。
 呪われた血。呪われた体。人の求める永遠なんてこんな物、得てみれば必要ない、永遠という時の中で狂うほどの感情の起伏も忘れ、ただ過ぎ去る時を見つめ続けていく。



「殺してよ」



 リア、貴女は私に何を伝えたかったの。



































「嫌だね」



 静かに流れ落ちた涙を拭い、そっとベッドに横たわる少女の隣に身を横たえた。
 今自分を動かしているのは血による刷り込まれた感情。分かっているからこそ逆らいはしない。



「俺はやっと見つけたんだ」



 もう誰も犠牲にしなくていい。こいつがいる限り俺は本能に逆らう事もなく、心も痛めず生きていられる。



「誰が死なせるか」



 こんな哀しい目をした女を。
「何て間抜けな顔してるの」



 思ったままを口にした後、無様にもずるずると地面に座り込んだ。
 体が思い通りにならないなんて事は初めてで、でも頭は妙に冴えている。



「何で・・」
「それはこっちのセリフよ」



 どうしてちゃんと殺してくれなかったのか。どうして私だったのか。



「襲うならもっと普通な人間がいたでしょ」



 どんなに甘い夢でも長続きしなければ悪夢でしかない。
 一瞬だけ希望をちらつかせてまた現実を突きつける、なんて残酷な仕打ち。



「・・・すまない」
「謝らないで、全部私が悪い。――でも、」



 立ち尽くす血液窃盗犯を見上げて、重い両手を持ち上げた。



「悪いと思ってるなら家まで送って」



 そして目を細める。



































 アナタモマタミイラレテシマッタ



































「あ、あぁ・・」



 何の恐れもなく伸ばされた腕ごと細い体を抱き上げた瞬間、体中の血がざわめく音を聞いた。
 何だ? 刹那動きを止めた俺の胸に寄りかかり、女は告げる。



「B地区のRR、って言えば分かる?」
「大体は」
「そう・・」



 そして眠るように意識を手放した。



































 目覚めてすぐに突きつけられた二つの選択肢。



「我々の研究に協力しろ」



 一つの選択肢は即ち魂の死。



「我々にとって邪魔なものを消せ」



 一つの選択肢は仮初の自由。



「お前が選ぶんだ」



 分厚い防弾ガラス越しに見たのは自分と全く同じ顔をしたもう一人の自分。
 薬によって自我は消され稀に痛みで悲鳴を上げる。
 あれは魂の死。自我が消えれば体が生きていても意味がない。心が死んでいる。
 だから殺すことを選んだ。命じられるままに見ず知らずの人間を殺し、辛うじて自我を守り続ける生活を。
 せめて私が私だと私が憶えていられるように。可哀想なもう一人の私がいることを憶えていられるように。



































 そうし続けてもう5年。
 私は手探りで解放という名の死を探す。



「・・・」



 開け放たれた窓。暗い室内。
 そういえば出かける前に鍵をかけた覚えがない。じゃああの吸血鬼は窓から入って私をベッドに捨てていったのか。



「その辺に捨てて行ってもよさそうなのに」



 案外責任感が強かったのかもしれない。
 半ば冗談で言ったのにちゃんと送ってくれた。名も知らぬ不死族吸血種の男。



「そうしたら私も罪悪感を感じずに済んだ」



 きっと明日には私の前にまた現れる。
 頻繁に血を摂取しなければ肉体を保つ事すら出来ない。
 なんて半端な体だ。幾度となく繰り返してきた言葉をもう一度吐き捨てて、歩く事を放棄した。
 もう何日も前から人間の姿に変わっていない。ともすれば擬態の仕方を忘れたか。



(・・何を馬鹿な)



 人間の姿が本体なんだ。今の姿が擬態であって。
 あぁ、今度こそ死んでしまう。今まで経験してきた飢餓とは明らかに違うそれは俺を死へ導く。躊躇う事無く速やかに。



「――リア」



 そんな時、唯一今の状況を打開できる存在の声を聞いた。



「貴女は・・」



 人でない体のまま自嘲する。また俺は生き残るんだ。
 今までと同じように、本能のまま血を喰らい相手を塵にする。



「私に助けろって言うの?」



 もう嫌だ。そう叫ぶ心とは裏腹に体は本能に忠実だった。



































 全ては一瞬の出来事。



「ッ――」



 闇が肥大したんだ。
 私は壁に押し付けられて、両手を背中でまとめられた。
 腰に回された手はあまりの唐突さに動きを止めた体を引き寄せて、首筋に――



「騒ぐな」



 痛みともつかない衝撃が走る。



































「・・・」



 なんて後味の悪い食事。
 体には力が漲っているのに、それはあまりにも空虚。
 罪もない脆弱な人間を犠牲にしてまで生きるほどの魅力がこの世界にはないのに、俺の体は生を望む。
 もうすぐ塵となって消えてしまう、名も知らぬ人間を強く強く抱きしめた。



「さ、いあく・・」



 そして息を呑む。



































「生きてる・・のか?」
「・・・殺してくれればよかったのに」



 この呪われた血に死なんて解放は望めないのだから。
「・・・」



 頬に付着した液体を拭い何の躊躇いもなくその場に背を向けた。
 予定通りに耳障りな警報が鳴り響き、大勢の気配が張り詰めた空気と共に動き出す。



「遅い」



 そう呟くと同時に床を蹴り開かれた窓から身を躍らせた。



































 【vamp】



































「仕事だ」



 言われなくても分かってる。
 いつも極力私に関わらないよう行動する奴らが私に近付いてくるのは仕事がある時だけ、だから態々そんな事言われなくても分かってる。
 さっさとして。口には出さず視線だけを上げれば、僅かに目の前の空気がたじろいだ。



「誰?」
「一度家へ戻れ、そこで改めて指定する」
「・・・」



 面倒な事を。



「おい、まだ着替えてなかったのか」
「ここの服なんて薬品臭くて着れない」



 そう、ここは薬品臭くて仕方ない。
 科学者の臭い病院の臭い医者の臭い。私の記憶で一番古い記憶と同じ忌々しい臭い。
 ここの服なんて頼まれたって着るものか。



「ふざけるな、血まみれのまま街に出る気が」
「下を通っていけばいいんでしょ、そのための道」



 扉を塞ぐように立っていた男の横をすり抜け、廊下を進み、階段を降り、鉄の扉を開けてあとは一直線。
 月中に張り巡らされた地下通路が私の前に姿を現す。今もどこかで広げられ、狭められている裏の通路が。



「・・・はぁ」



 研究所の中は息が詰まる。



































 指定された対象[ターゲット]を消去した後はただ夜の街を歩く。行くあてもなく。
 街を照らすのは人工的な灯り、見上げる宇宙[ソラ]には青く輝く惑星[ホシ]。



「――ぁ、」



 不意に、仕事の後で緩みきっていない緊張の糸に何かが触れた。
 目に留まるのは闇を模ったような路地裏。眠らない街の一角で、何故かいつもと変わらないそこだけが不自然だと私の中の何かが告げる。



「お前なの?」



 稀にある。自分の中に誰かが居て、私をどこかに導こうとするような感覚が。
 それはきっともう一人の私。プロメテウスの研究所で実験動物として扱われている、私が選ばなかったもう一つの未来。



「――リア」



 可哀想な子。だから私は決めている。こういう時はその導きに従って、リアの好きなようにさせてやる。私にはその義務がある。
 今はもう不自由な貴女が望むなら、仮初の自由を得た私が叶えてあげる。
 リア、可哀想な子。貴女は私に何を望むの。



「貴女は・・」



 闇を模ったような路地裏には闇を溶かした毛並みの黒猫が――



「私に助けろって言うの?」



 その体を冷たい地面に横たえていた。
eve
 たった一つの世界すらない、そこは全てが無として混在する混沌[カオス]。
 混沌。どうしてそう呼ばれているのか誰も知らない、ただいつの間にか存在しないはずの無はそう呼ばれていた。
 踏み込めば決して出る事は叶わず、己という存在を見失い、刹那の時を永遠に感じながら無へと還ることを余儀なくされる。



 ――イヴリース



 彼女はそこで生まれた。
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