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 それはあまりにも唐突で、気付いた途端愚かなついさっきまでの自分を恨んだ。










「少しくらい使ったら?」



 シルバーアクセサリーが好きで、そもそもアクセサリーなんて付けやしないのにいい物を見つけるたび買ってくるものだから、姉は呆れたようにそう言った。
 私だって使わないのは勿体無いとは思う。だから、極偶に十字架のあしらわれたリングや、細身の、繊細な細工が施されたブレスレットなんかを、身につけてはみるのだ。
 だけど、



「似合わない」



 無駄に細く長い指に大好きなゴシックアクセサリーは似合わない。



「そういうのは使っていれば馴染むのよ」



 姉さんはいいんだ。美人で、なんでも似合うから。
 でも私は違う。私の手は、姉さんと違って汚れてる。



「――嗚呼、そうか」










 そしてつい最近、唐突に気付いた。
 本棚の一角に置かれた宝石箱の中には今まで買ってきたアクセサリーが無造作に入れられている。
 それをテーブルの上にぶちまけて、一通り目を通したところで、疑惑は確信に取って代わった。



「似合うわけないじゃん」



 最近買ったリングを一つ手にとって、苦笑を一つ。
 嗚呼、なんて綺麗。嗚呼、私は何て愚か。
 似合うわけないじゃないか。



「私の手は汚れてるんだから」






























 それは血濡れた私の手には、あまりに綺麗すぎたんだ。






























「ごめん、なさい――」



 大好きだよ姉さん。









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 白濁とした世界で消えかけた命の灯火を見た。



(死にたくない)



 手を伸ばしたのは無意識の内。
 そうさせたのは、おそらく今まで一度も顔を見せることのなかった生存本能。



(私は・・)



 生きたいか?
 ゆらりと大きく揺れた灯火。明るくなっていく視界。
 嗚呼、死ぬのか。と、それはあまりにも穏やかだった。



(生きたい)



 死は苦しいものだ。
 死は痛いものだ。
 沢山の苦しみと痛みを知った者にしか穏やかな死は訪れない。
 だから、だから・・



(生きたいの)



 たとえ本能に身を任せていたとしても、
 たとえなけなしの自我で永遠考えたとしても、



(殺さないで)



 答えは決まっていた。










 上等。










(そのために俺は命を捨てた)

「こんな世界もうごめんだ」



 ジャラジャラと耳煩い音が鳴り、それよりもこの空間に存在していることが不快だと、レイチェルは盛大に顔を顰めた。



「俺は行くぜ」



 乱暴な言葉遣いは幼い頃から変わらない。
 その凄絶な力も。
 年を追うごとに人間味を失ってきた容姿以外は何一つ変わらなかった。



「じゃあなクソジジイ、恨むなら呪われし一族と縁[エニシ]を結び俺を産み落としたあんたの娘を恨みな」



 ギチギチと、まるで最強の盾に最強の矛をぶつけた様な。
 ギリギリと、まるで自身を食い尽くすように。



「わしは何一つ後悔してはおらんよ」
「ハッ、後悔なんてされてたまるか」




 こちとら望まれて生まれてんだよ。










「そうじゃの・・」









 全ての音が消え失せると、その場にもうレイチェルの姿はなかった。
 ただ残された〝彼〟がはじめて彼女に送った髪飾だけが、



「また会えるかのぉ」



 ゆっくりと、彼の手に落ちてきた。










(彼女が死に彼女が生まれ彼女が彼女として生きようと、生きたいと望み選び取った日)
「遺される俺たちの気持ち何て考えてないだろ、お前」
「私は自分勝手だからな」
「よく言う」



 行儀悪く机に腰掛け片足を抱いたまま、俺は緩く目を細め左手を持ち上げた。



「ただ、」




 整った造形。
 けれどそれは自分たちを造り出した彼にも言えることで、そういえばサラの周囲で見目醜い者なんて目にした事はない。
 あくまで人間の容姿をした生き物において、に限るが。



「ただ、何だよ」



 広げた指と指の隙間から覗き見るようにして様子を窺うサラはこちらに視線を向けようとはしない。
 手には文献、視線は正面の窓から外へ。



「銀石と緋星を、頼む」
「・・・あぁ」



 例えそれが自らの命を蝕んだとしても、それがサラの望みなら俺は叶えよう。
 忠誠なんてものは誓わない。ただ、病的なまでの信頼を。



「俺もあいつ等のことは気に入ってるしな」










 サラの死期が近いことを、俺とサラだけが知っていた。










(あんたがどうしようもないくらい俺たちの行く末を気にしていることくらい、気付いてるさ)
 ぐらつく視界。
 感覚の麻痺した右手。



「私に恨みでもあるのかしらね」



 自嘲気味に呟いて、ルーラは意図的に唇を噛み切った。
 つ、と伝った鮮血をとりあえず右手首に擦りつけ小さく呪文を唱える。



「気休めだね」



 悪趣味。
 誰もいないはずの空き教室から伸びた手と希薄な気配に、声には出さず呟いた。



「知ってる?」



 覗き込むようにして見下ろしてくる真紅の瞳にどこか安堵する。



「君の痛みは僕にも伝わって来るんだよ」



 嗚呼――



「ごめん」



 私は独りではなかったのだと

「おいルーイ、見たか?」
「俺がいつもお前と同じもの見てると思うなよ? ルーク。勿論見たさ」
「二人とも何を見たの?」
「紅よ、ミラ」
「そうさステラ、ただルークの言いたいのはその紅を連れてたエメラルドの方だけどな」
「あら、そうだったの?」
「そうさ」



 二組の双子が交わす会話を聞くともなしに聞いていたエリックは、弄んでいたクィリアを音もなく消し去ると壁に寄りかかり目を閉じた。



「エリック?」



 窓際の座席に兄のルーイと向かい合って座るルークに声をかけられ、目は閉じたままひらひらと肩口で手を振る。



「まだ時間には早いし、僕は寝てるよ」
「「そう」」



 それぞれ主の隣に座ったステラ・マリスとステラ・ミラが声を揃え、頷く気配がした。



「くれぐれも起こしてくれよ? 僕には信頼できる片割れがいないんだから」



 皮肉ともつかない言葉にステラ・マリスとステラ・ミラは顔を見合わせ同時に笑う。



「俺たちもそこまで非情じゃないさ」



 ルークよりも遥かに信頼の置けるルーイの言葉にほんの少しだけ口角を持ち上げると、そのままエリックは意識を薄闇に沈めた。










「おやすみなさい、エリック」



 どちらともつかないステラの声を最後に静寂が落ちる。






























 規則的なページを捲る音を聞きながらまどろんでいたポラリスは、近付いてくる足音に意識を覚醒させた。



「3人」
「ライズか」



 主語のない言葉に足音の主を悟り、カフカは読んでいた本に栞を挟みこむ。



「やっとみつけたよ」
「ノックくらいしたらどうだ?」



 自らの使い魔であるディオスクロイ――カストルとポルックス――を引き連れたライズはノックもなしに扉を開き、かけられた割と棘のない言葉に一拍置いて悪戯っぽく笑った。



「じゃあ貴方は先輩に対する礼儀を弁えるべきだ」
「「そうだそうだー!」」



 何かと騒がしいカストルとポルックスがハイタッチを交わし、疲れたと喚きながら扉の前に立つライズの背を押す。



「どうぞ」
「どうも」



 カフカの向かいの席で優雅に寝そべっていたポラリスはすぐさま席を譲った。



「クッキーでもどう?」
「「食べる!」」



 何も言わない主のそれは肯定であると解釈し、クルリと手首と回したポラリスの手には次の瞬間二つの包み。



「「やった」」



 その中身を言われずとも理解した二人は顔を輝かせ差し出された包みを受け取った。



「ありがとう」
「どういたしまして」



 幼い容姿に騙されるべからず。
 その言動からは到底想像も出来ない攻撃力を誇る二人を従えるが故に、ライズは未成年ながら一族内で確固たる地位を持っている。



「ところでカフカ」
「何だ」



 鬱陶しげに自身の使い魔を見遣るカフカの横顔を見つめながら、ライズはいつもの柔らかな笑みで窺うように首を傾げて見せた。



「クリフと一緒にいたんだけどね、これ以上迷惑をかけるのも悪いからつくまでこっちにいていいかな?」
「・・・二人が沈黙に耐えかねただけだろ」



 肯定ともつかない言葉にはポラリスお手製のクッキーを頬張る二人が異を唱える。
 けれどカフカの「No」以外は全てが「Yes」だと熟知しているライズは、「ありがとう」と呟いて窓の外に視線を移した。










 程なくしてホグワーツ特急はホグズミート駅へと辿り着く。









 人もまばらなプラットホーム。



「最後尾でいいだろ?」
「うん」



 何気なく流した視線は鉄製のアーチへ。



「置いてくぞ?」



 二人分のトランクを持ったアッシュが客車の入り口に寄りかかるようにしてアリアを呼ぶ。
 アリアは一拍置いて視線をアーチから外し、軽く首を傾けた。



「何と言おうと待ってるくせに」



 その呆れともつかない声色にアッシュは肩を竦めトランクを引き上げる。



「あたりまえだろ」



 籠から逃げ出した梟が一羽、風を切り二人の間をすり抜けた。



「ほら、行くぞ」
「うん」



 視線と言葉で促されアリアも漸く一歩踏み出す。
 時刻は9時50分。



「早く、来て」



 肩越しにプラットホームの入り口を顧みたアリアの呟きは、誰の耳にも届くことなく喧騒に呑まれた。
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