桜の盛りはとうに過ぎ、時季が時季なら桃色の絨毯に覆われる小道は、木々の作る影に覆われ涼やかな空気に包まれていた。
「もうそんな季節か」
途切れることのない蝉の声に耳を傾け、女――イヴリース――は頬を撫でる風の心地よさに目を細めた。
「桜の咲く頃には戻ろうと思っていたのに」
落胆した言葉とは裏腹に、自嘲と呼ぶには淡すぎる笑みを浮かべ歩き出す。あてもなく、というにはしっかりとした足取りで、目的があるにしては穏やか過ぎる彼女の歩みにあわせ、那智も歩き出した。
態々イヴリースが口にするまでもなく、場の雰囲気を感じる心さえ持っていれば、ここに訪れる四季を容易に想像することが出来る。
春には桜。夏には青々と茂る草木。秋は紅葉。冬は見渡す限りの銀世界。
「いい所だろう」
「あぁ」
心を読んでいたようなタイミングで発せられたイヴリースの言葉に何の含みもなく返し、那智は感嘆と共に深く息を吐き出した。
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暑くもなく寒くもない、ちょうどいい昼下がり、まどろんでいたジブリールは、不意に落ちた影に誘われるように目を開けた。
柔らかな日差し、ジブリールの午睡を遮って、イヴリースが口を開く。
「おはようジル」
「・・・おはよう」
そんなことを言うために、態々出向くわけがない。
「なにか用?」
流した髪を梳かれることに心地よさを感じ、もう一度瞼を下ろしながら、ジブリールは尋ねた。
イヴリースの指先が髪に絡み、微かなくすぐったさを伴って眠りを誘う。
「ちょっと出掛けてくるよ」
まるで、彼女の触れた所から眠りが流し込まれているみたいに。
「どこへ?」
「おかしなことを聞くな」
お前は知っているだろう? ――眠りがその色を増す。現実が、音を立てて沈んだ。
「ジブリール」
緩やかに眠りへと引き込まれたジブリール。彼女にそっとおやすみのキスをして、イヴリースは硝子張りの天上を仰いだ。
「ゆっくりおやすみ」
「?」
イヴリースが派手にやらかしたせいで、倉庫の中には視界を遮るほどの粉塵が舞っていた。
切り結んだ如月の切っ先を地に落とされた美香はすぐさま体勢を変え、身構えたが、彼女が予想した反撃はいつまでたっても訪れない。
――美香
「・・・」
戸惑って、躊躇って、仕方なしに如月を下ろす。
――何をしたの
――まだ何も
いつの間にかすぐ傍に現れていたイヴリースが、珍しくも険しい顔つきで治まりつつある粉塵の向こうを見つめている。
美香は如月を持っていない方の手を揺らした。
「白々しい」
次の瞬間その手の中には如月の鞘が握られ、興醒めして不貞腐れた如月は大人しく身を潜める。
どのみち、姉妹での殺し合いは不毛だ。
「驚いたな」
素直な感嘆と共にイヴリースが美香の手をとった。
その意図をはかる間もなく唐突な浮遊感に襲われ、美香は如月を握る手に力を込める。
「お前、また負けていたかもしれないぞ」
次の瞬間、二人は港の倉庫街を見渡す岬にいた。
「喧嘩売ってるの」
肩に乗せたミヤビが落ちないよう片手で支え、ベッドルームを出たカグヤは力なくソファーに沈んだ。
「・・・」
普段は垂れ流しにして、気にも留めない妖気の行方を追えば、それらが全てミヤビへと流れ込んでいることがわかる。
(父親譲りだな、これは)
声には出さず小さく笑い、抑え込んでいた妖気をそっと解放すると、あらかじめ結界で覆っていた室内にはあっという間にむせ返るような妖気が満ち、――ドクン――ミヤビの気配が色を増す。
「――遅い」
不機嫌さを隠そうともせず一言、吐き捨てると玉藻は鋭い視線を事務所の入り口へと向けた。
人一人殺してしまえそうな視線を向けられ肩を竦めたのは白龍で、サラは既にロッカールームへと足を向けている。
「今日のことは前から言っておいただろう」
「そうだっけ?」
「・・・」
白々しいにもほどがある白龍の言葉に玉藻は席を立った。
「玉藻」
「付き合いきれん。私は帰るからな」
一度は引きとめようとした嶺も、今にも殺気を撒き散らしそうな様子に仕方なく口を噤む。
「後はお前らでやれ」
不機嫌さを隠そうともせず一言、吐き捨てると玉藻は鋭い視線を事務所の入り口へと向けた。
人一人殺してしまえそうな視線を向けられ肩を竦めたのは白龍で、サラは既にロッカールームへと足を向けている。
「今日のことは前から言っておいただろう」
「そうだっけ?」
「・・・」
白々しいにもほどがある白龍の言葉に玉藻は席を立った。
「玉藻」
「付き合いきれん。私は帰るからな」
一度は引きとめようとした嶺も、今にも殺気を撒き散らしそうな様子に仕方なく口を噤む。
「後はお前らでやれ」
蹴りつけた岩と靴底との摩擦音を聞きながら更に高く跳躍した。
視界は瞬く間に開け、一瞬、世界はスカイブルーに染まる。
この瞬間のためだけに生きていると言っても、過言ではない。
「air-g」の出力を落とし体を反転させると、〝目の前〟にはマリンブルーの海とそこから突き出す無数の石柱が現れた。
逃れられないのなら利用するまでと、余分な力を抜いて体を落下するままに任せる。落下速度は緩やかに加速した。
「ゲームオーバーだ」
翳した両手の向こう側――海と空の境――に、力が収束する。
「――勝者、リース!」
これが私の日常。
水面よりもほんの少しだけ上の空間を蹴りつけ、彼女は飛躍した。
「飛んでる・・・!」
それが「air-g」システムによるものであると分かっていても、驚かずにはいれない。
背中に翼でもあるような滞空時間。周囲の岩を利用して目指したのは更なる高み。
彼女はあっというまに私たちの頭上へと上り詰め、手の平を返すように容易く体を反転させた。
「遊んでるな、あいつ」
そしてそのまま落下。
ギャラリーからは悲鳴や歓声が上がり、私は息を呑んだ。
「――――」
遠すぎて聞こえない、けれど彼女は何事か呟いて、真下にいた対戦相手に手を翳す。
咄嗟によけようとした対戦相手の足元で小さく海面が跳ねた。――彼女のエアはもう持たない。
「――勝者、リース!」
なんて綺麗なエアー。
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