「あの頃は可愛かったのに…」
「それはこっちの科白だ」
どうしてこんなことになっちゃったんだろう。嗚呼、悔やんでも悔やみきれない。
嘆く私を半眼で睨む華月に、もうあの頃の面影はない。中性的だった少年は、いつの間にか立派な青年だ。
「綺麗で儚げな華月様が好きだったのに」
「過去形で言うな。今だって変われるんだぞ」
「駄目だよ。普段の君を知ってるから素直にときめけない」
「お前な…」
小さい華月様が大きい華月様の身長を追い抜いたのはもう随分昔の話だ。つい最近、私も大きい華月様に目線が並んだ。
「遠巻きに眺めてるだけにすればよかったなぁ…」
「全くだ」
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「ほらご覧、華月様だ」
そう言って、母はそっと頭を下げる。庭へ面した廊下に座るその人は、そんな母を見てちょっと困ったように頬をかいた。
「あの人が?」
「そうよ」
母が「華月様」と呼んだのは、私と同じくらいの背格好をした男の子。でも、いつも儀式で大人たちに「華月様」と呼ばれているのは、すらりと背の高い女の人だ。
髪の色も目の色も、纏っている雰囲気さえ違うのに、母はどうして二人を同じ名前で呼ぶのだろう。
「華月様は二人いるの?」
私が素直にそう尋ねると、母は優しく微笑んで首を横に振った。そして「華月様はお一人よ」と、五歳の私には理解できない真実を告げる。
きっと、知っておくだけでいいと思ったのだろう。
「でもね、姿はお一つではないの」
母の言葉が呑み込めなくて、私は小さい方の華月様に目を向ける。そうすれば答が得られるわけでもないのに、じっと見つめてくる私がおかしかったのか、小さい華月様はくすりと笑って目を閉じた。
「あっ」
驚いた私が思わず声を上げると、《大きい華月様》は人差し指を唇に当てて、またすぐに《小さい華月様》へ戻ってしまう。
「内緒だよ」と、そう耳元で囁かれたような気がして、私は力いっぱい首を縦に振った。
「よかったわね」
「うん!」
「蘭、ちょっといいか?」
控えめなノックの音がして、扉が開く。
「縁談の話以外なら構わないよ」
「縁談?」
入室の許可も得ず入ってきた相手の反応を見て、蘭は首を傾げた。
「聞いてないの?」
「縁談話をか? 誰と誰の」
「……ふぅん…」
どうやら本当に知らないらしい。――そう結論付けると、手元の書類から何枚か選び出して隅に印をつける。×印だ。
《不可》の書類をまとめて分類用のケースへ放り込んだ蘭は、憑き物が落ちたような清々しい笑顔を訪問者に向けた。
「それで?」
訪問者――華月――はそんな蘭の反応を訝しんだが、表立って問いただすようなことはしない。
「仕事で出かけるから、後を頼む」
「わかった」
後はいつものやりとりで、程なく華月は生徒会室を後にした。
「そうか、まだ聞いてなかったのか…」
控えめなノックの音がして、扉が開く。
「縁談の話以外なら構わないよ」
「縁談?」
入室の許可も得ず入ってきた相手の反応を見て、蘭は首を傾げた。
「聞いてないの?」
「縁談話をか? 誰と誰の」
「……ふぅん…」
どうやら本当に知らないらしい。――そう結論付けると、手元の書類から何枚か選び出して隅に印をつける。×印だ。
《不可》の書類をまとめて分類用のケースへ放り込んだ蘭は、憑き物が落ちたような清々しい笑顔を訪問者に向けた。
「それで?」
訪問者――華月――はそんな蘭の反応を訝しんだが、表立って問いただすようなことはしない。
「仕事で出かけるから、後を頼む」
「わかった」
後はいつものやりとりで、程なく華月は生徒会室を後にした。
「そうか、まだ聞いてなかったのか…」
昔々、世界の果てに生まれた魔女は、《世界最古の魔女》リーヴスラシルと呼ばれていました。
リーヴスラシルは、世界最古の魔女であると同時に《世界最後の魔女》でもある人です。
リーヴスラシルが息を引き取った時、世界から魔女の血は絶え、全ての魔法がその不思議な力を閉ざしてしまいました。
人々はそのことを深く哀しみ、酷く嘆きながら、リーヴスラシルを手厚く葬ってやりました。
そしてリーヴスラシルは、穏やかな永劫の眠りに身を委ねたのです。
リーヴスラシルの死から幾千の時が過ぎ、魔法が人々と共にあった時代が御伽噺となって久しい、その時まで。
(最後のさよならを越えた先に/また出逢えるわ。そう願い続けることが出来たなら)
「…怪我をしているのか」
その生き物は翼を持たない。
「捨て置け、魔女よ。そやつはそなたの助けを必要とはせん」
その生き物は体を持たない。
「助けたいわけではないさ」
その生き物は心を持たない。
「恩を売って手懐けたいだけだ」
それがどうした。
「魔女よ、それは愚かしいことだ」
翼など邪魔なだけだ。
「試してみたことがあるのか?」
体など面倒なだけだ。
「試さすとも結果は見えている」
心など煩わしいだけだ。
「生憎、愚かしい私にはあんたの言う結果は見えないね」
翼がないなら生やせばいい。
「魔女よ、それは愚かしいことだ」
体がないなら造ればいい。
「愚かしくて結構。もう決めた」
心がないなら与えればいい。
「これはもう私のものだ。好きにする」
ただそれだけのことだ。
(荒野で出会った悪魔は、きっと/私に拾われるため堕ちてきた)
ゆっくりと、ながーい時間をかけていいのだと、優しい声は言った。だから私はゆっくりと、ながーい時間をかけて育っていく。そうしていいと、優しい声が言ったから。
「いらっしゃいませ」
「―――」
にっこり。――まさにそう表現するに相応しい完璧な笑顔を浮かべる受付嬢に、羽音は魔法の言葉を囁いた。すると途端、安っぽい量産型のヒューマノイドはその目に羽音を映さなくなる。
「失礼」
その横を悠々とすり抜けて、エントランスを後にした。機械による警備システムも、魔法による結界も、何もかもをすり抜けて、向かうは地下研究室。表向きには存在しない、十三番目の部屋。
「――――」
最後の電子錠を焼き切った羽音の前に現れたのは、それまでの迷路のような廊下とは違う、広くがらんとした部屋だった。こじ開けた扉以外に出入り口はなく、そこが正真正銘行き止まり。――つまり、羽音の探していたもののある部屋だ。
そして羽音は、既に見つけていた。部屋の中央に立てられた円柱のガラスケース。淡い水色の液体で満たされた、その中に。
「おまたせ」
浮かべられたのは小さな小さな、真白い卵。その卵に向かって、羽音は誰と話す時とも違う優しい声で語りかける。
「迎えに来たよ、お姫様」
卵は震えた。小さく小さく、まるで羽音の言葉に答えるかのように。
「さぁ、行こうか」
羽音は囁く。この世で最も魔術に適した言語によって紡ぎだされる魔法は、羽音と卵をそっと包み込み研究室から連れ去った。
残されたのは空っぽのガラスケースと、使い物にならなくなった沢山の鍵。けれど誰もそのことに気付かない。羽音によってかけられた魔法は、もう暫く、沢山の人を騙し続けた。
「もしもの話をしようか」
「亜紗人にも困ったものだね」
言葉とは裏腹に、流風の声は軽い。逆に、カウンターから離れたテーブル席に座る雪奈[ユキナ]の表情は重かった。ただし、その原因はそれほど深刻なものではない。
「声はかけてきましたよ」
地下から戻ってきた雪夜が、流風と有栖に愛想良く告げた。有栖はありがとうと笑みを浮かべる。同時に二人分の軽食をカウンターに上げた。
「どうも」
じとっ、とした雪奈の視線が、トレーを受け取る雪夜の腕に絡みつく。彼女が不機嫌な理由を知っている雪夜は呆れ顔で肩を落とし、知らないけれど見当の付いている流風は苦笑した。雪奈にも困ったものだねと、零された言葉には今度こそ感情が伴っている。
「また喧嘩かい?」
「はい。…俺が割り込んだから起こってるんですよ」
「それは大変だ」
「えぇ、大変です。でも呼び出しに遅れるわけにもいきませんし」
「そうだね」
はぁ、と息をついて、雪夜はカウンターを離れた。テーブルで待ち構える雪奈は、これまでの経験からすぐには機嫌を直してくれそうにない。
(どうしたもんだか…)
心の中で、雪夜はもう一度深く溜息をついた。
と、ん。――繰り返される跳躍の音は、街の喧騒に紛れ誰の耳にも届かない。舞うように軽やかな動きで家々の屋根を飛び越えながら、羽音は常人の目には映らないほどの速さで移動していた。魔法によって守られた体は、重力さえ忘れたかのように風よりも速く駆ける。
「――――」
世界はあっという間に流れていった。全てが過去になる様を感慨なく眺める羽音の目には、どこまでも透明で澄んだ輝きが灯っている。
いっそ冷ややかな瞳はやがて、更なる加速と共に閉ざされた。
「――――」
この世で最も魔術に適した言語によって詠唱される呪文が、新たな魔法を紡ぎだす。
「――、」
勢いつけて一際高く跳躍した羽音は、そのまま姿を陽光に溶かした。
「さぁ諸君、仕事だ」
終わらない白昼夢が始まる。
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