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「私達は砕かれた。だからいつだって不安定で、不完全で、どうしようもなく互いの血に飢えている」

「殺し合い、奪い合って、最後に生き残った《欠片》だけが還ることができる。最後まで生き残ることができなければ、還ることはできない」

「その命を奪い血肉を喰らい魂を混ぜることでしか、自分という存在の在りかを確かめられないのだ」
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 見渡す限りの戦場は、血と、死の臭いで満ちている。
 もはや戦場と呼べるかどうかすら怪しいこの世の地獄で、私たちは出逢った。

「問答は?」
「無用だな」

 互いに笑みさえ浮かべながら武器を向け合い、殺意を研ぎ澄まし、力を練り上げ、集中を高める。
 二人の目が合った瞬間、既にどちらか一方の命運は尽きていた。

「そうこなくっちゃ!」

 欠片ほどの油断も、躊躇いもなく、私たちは衝突する。そしてその瞬間、全ては決着した。

「…威勢の割に、弱いな」

 抉り取った心臓を握り潰して、指先から滴る鮮血を口に含めば、二つの欠片は一つとなって私の魂に溶ける。
 そうして幾度となく殺し合い、喰い合って、最後に生き残った《欠片》だけが還ることができる。最後まで生き残ることができなければ、還ることはできない。

「――まだ、足りない…」

 私たちは砕かれた。だからいつだって不完全で、不安定で、どうしようもなく互いの血に飢えている。その命を奪い血肉を喰らい魂を混ぜることでしか、自分という存在の在りかを確かめられないのだ。


「今日はまた一段と不機嫌だね、華月」

 いつもと同じ場所で、いつもと同じように俺が現れるのを待っていた少女は、他の誰かが見れば卒倒しかねないような馴れ馴れしさで俺に接する。

「呼んだのはお前か? 蘭」
「そうだよ。この引き篭もり」

 その気安さがどこか心地良くて、俺は地面を這うほどに低かった機嫌を、僅かばかり持ち上げて肩を竦めた。

「俺にそんなこと言うのはお前くらいだよ」

 それでも、なるべく早くあの湖へ帰りたいという意思に変わりはない。

「で、今日の用件は?」

 人と話すことは好きだ。関わることも。だけどそれ以上に耐え難い喪失感が消えないから、俺はいつも神気の湖で漂っている。

「いつもと同じだよ。新しく生まれた子供への洗礼」
「またか」

 出てくるのはこうやって呼ばれた時と、極たまに気が向いた時だけだ。蘭の言う《引き篭もり》も、あながち間違ってはいない。

「そうあからさまに嫌そうな顔しないでくれるかな」
「洗礼の時は特に長老たちの視線が痛いから、嫌いなんだよ」
「気持ちはわかるけど、今日くらい真面目にやってくれると嬉しいな」
「…なんでまた」

「君はいつもつまらなそうだね」
「実際つまらないからな」
「あぁ、やっぱり」

 あの方に近付いてはいけない。あの方に話しかけてはいけない。あの方に触れてはいけない。あの方の視界に入ってはいけない。あの方の――。

「そうだろうと思った」

 《あの方》に関わってはいけないのだと、一族の大人たちは言う。

「何故つまらないのか、理由を聞いても?」
「…探し物が見つからないから」

 《あの方》がいなければ一族としての体裁を保っていることさえ出来ないくせに。

「君に見つけられないものなんてあるの?」
「あるさ。俺にだって、見つけられないものの一つや二つ」
「…意外だな」

 大切なものを大切だからと仕舞い込んで、そっとしておくなんて宝の持ち腐れもいいところだ。

「そうか?」
「一族の人間は大抵、君が万能だと思っているからね」

 私はそんな大人にはなりたくない。そうなるものなのだと諦めて、受け入れてしまうことなんて絶対に嫌だ。

 力は使うためにある。目が見るために、耳が聞くためにあるのと、それは同じことだ。
 使わなければ意味がない。使えなければ価値がない。



 私たちの《言葉》は世界を変える。




「嫌な夢を見た」

 出雲の一等地にある高天原[タカマガハラ]で、いつもそいつは踏ん反り返っている。

「だからなんだよ」

 《王巫女》卑弥呼。――それが、殺された天照の生まれ変わりであるそいつの、一応の呼び名だ。
 生まれ変わりといっても、こいつの記憶や力はまるきり天照のもので、あいつと違う所なんて呼び方以外にありはしない。

「だからな、須佐[スサ]」

 だからこいつは、天照と同じくらい理不尽で、強い。


「――落ちよ」


 パチリと閉じた緋扇[ヒオウギ]の音とともに、《風王》須佐は意識を失う。
 その呆気なさに卑弥呼は一度だけ肩を揺らして笑い、閉じた扇を須佐の体へと向けた。

「出雲でぬくぬくとしておれるのもここまでじゃ」


「あの子は間違えた」

 だから放ってはおけないのだと、リカコは言う。その言葉が意味するところを、ユキエは嫌というほど知っていた。

「ですが…」

 もういらない。自分の言うことを聞かない子など子ではないのだと、言っているのだ。だからどこでどうなろうと知ったことではない、と。

「あの子のことは、既に伊岐[イキ]の者に頼んでいます」
「伊岐の…言霊の一族にですか? そこまでする必要は…」
「知霞[チカ]を出た以上、当然の措置です」

 嗚呼、この人には母としての情すらないのか。

「母さん」
「幸い、あの子は二人目の子を残して行きました」

 リカコに対する失望がじわじわとユキエの胸を満たしていった。同時にこれから辛い人生を送ることになるだろう妹と、その子供たちへの深い憐れみを覚えて目を伏せる。

「彩花[アヤカ]は貴女が育てなさい」
「……はい…」

 だからせめて、自分が預かる子供だけは、我が子のように守り育てよう。

「彩花にはいずれ、私の後を継いでもらいます」
「そんな…!」

 ユキエのそんな思いすら、リカコは踏みにじる。

「それが彩光のためです」

 全ての過ちを正当化するその言葉は、リカコの口癖だ。今まで何人もの人がその言葉の犠牲になってきた。
 そして彼女は、自分の実の娘さえその毒牙にかけることを厭わない。

「いいですね」

 嗚呼、彼女はもうとうに自分たちの母ではなかったのだと、ユキエは今更ながらに痛感した。

「はい…」

 その胸に彩光――ひいては知霞――を治める者の証を受けた日から、きっと彼女は人ですらない。人並みの情など、あるはずがないのだ。

「では、行きなさい」

 いずれ自分も妹たちのように切り捨てられてしまうのだろうかと、ユキエは底冷えするような気持ちになりながらリカコの部屋を後にした。

 いつも堂々としていて、迷いなく、真っ直ぐな言葉を操るその人が、時々寂しそうに俯くのを知っている。
 だから、初めて言葉を交わした日に決めたんだ。

「私は君を守れるくらい強くなるよ」

 君のためなら、《世界》を壊すことさえ厭いはしない。










「ほらご覧、華月様よ」

 ほんの少しまどろむだけのつもりだった。それがいつの間にか、本格的に眠り込んでしまったらしい。

「あの人が?」
「そうよ」

 一緒にいた少年は部屋にいない。
 どこか既視感を覚える会話は、庭から聞こえてきていた。

「華月様は二人いるの?」

 これではお目付け役の意味がないなと、一人ごちて体を起こす。その時肩から滑り落ちた上着は、紛れもなく自分が見張っているよう言われた少年のものだ。
 よくよく見てみれば、かけていた眼鏡と読んでいた雑誌も少し離れた所に置かれている。

「いいえ。華月様はお一人よ」

 妙な所で気が利く少年は、部屋を出てすぐの廊下に庭の方を向いて座っていた。こちらへ向けられることのない視線はきっと、微笑ましい会話を交わす親子に向けられているのだろう。
 幼く無邪気な子供の疑問を少年がどうするのか、私は興味本位で息を潜めた。

「でもね、姿はお一つではないの」

 その時だ。

「あっ」

 不意に少年の輪郭がぼやけて、瞬き一つの間に形を変える。
 短かった黒髪は背中を覆い隠せるほどの青みがかった銀髪に。中性的だった体は一気に丸みを帯びて女性のそれへ。頭の位置も高くなり、最終的に服装もがらりと変わった。
 そこにいるのは、もう私と同い年の少年ではない。この国で最も力ある一族の頂点に君臨する《言霊の巫女》、華月様だ。
 こんな所狭霧[サギリ]にでも見つかったら、きっと大目玉を喰らう羽目になる。でも咎める気にはなれなくて、私はただ黙って華月の行為を見守った。
 
「よかったわね」
「うん!」

 と言っても、次の瞬間にはまたいつもの少年姿に戻っていたのだけれど。





「優しいじゃないか」

 親子がいなくなるのを待って声をかけると、華月は驚いた様子もなく、小さく笑って肩を揺らした。

「俺はいつも優しいだろ」

 冗談っぽい言い方につられて私も笑う。
 確かに、彼はいつも誰にでも優しい。

「そうだね」

 時々、少し優しすぎると思ってしまうくらいだ。

「私は君より優しい人を知らないよ」
「それは言いすぎだろ」

 その優しさが、時々怖くなるのだと正直に言ったら、彼はどんな反応をするのだろう。
 困惑するだろうか。それとも――

「いいや、君が一番だよ」

 本当はわかっている。彼がどんな顔をして、どんなことを言うのか。私はわかっていた。

「君以上に優しい人がいるわけない」

 だから何も知らない、気付いていない振りをして笑うんだ。
 それが一番いいとわかっているから。

「ベタ褒めだな」

 初めて言葉を交わしたあの日、決めたんだ。君が笑っていてくれるなら、私はそれ以上を望まない。

「本当のことだからね」

 初めて言葉を交わしたあの日、君が《世界》の全てになったんだ。



(タイトルまで決めたうえで没なんだぜ)
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