誇らしげに胸を張るアリスの事はとりあえず無視して、さてどうしようかと手にしたヘルメットを見下ろす。
「貴女って普段どこにいるの?」
拠点にしている場所があるのなら途中まで乗せてやらない事もない。
「夢の中」
「……」
「いや本当に」
勿論遠回りにならない範囲で、だ。
「じゃ、私は帰るから」
「おいてくのか!?」
夢の中は当然のように論外。ついでに人間としても失格だ。
「私に夢の中まで送れっていうの? はねて欲しい?」
「小首を傾げてそんな…せめて並盛までは乗せてくれよ…」
「まったく気が進まない」
「えぇっ…」
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触れた場所から溶け合っていく夢を見た。二つに分かれた卵が元の一つに戻る夢。
「なんて悪夢を見るんだい、君は」
飛び起きた私にかかるのは、心底辟易しきった恭弥の声。まったくねと肯定しようとして、自分の呼吸が喋る事もままならない程乱れている事に気付いた。
「おかげで目が覚めたよ」
ゆっくり、ゆっくり、促すように汗ばんだ私の髪を恭弥が梳く。早鐘を打っていた心臓は、程なく恭弥の鼓動と同調した。
「ふー…」
柔らかいベッドに背中から倒れ込むと、――ごそり――恭弥の両手はさっさと私を挟み込んで動かなくなる。
「まだ三時だよ」
「うそぉ」
「嘘じゃない」
いつの間にか身動きとれなくされていて、諦め混じりの息を吐く。本当はもう寝るような気分じゃないのに、混ざった体温が心地よくてついついうとうととしてしまう。
「今度はもっとマシな夢見なよ」
「どんな…?」
「少なくとも君と僕がいる夢。――あとは自分で考えなよ」
「なら恭弥が見ればいいのに」
わかってるだろ。――その言葉は音にはならず、恭弥は私の首元へ顔を埋める事で会話を打ち切った。
「おやすみ、恭弥」
「ん」
今度こそ、よい夢を。
「おはよう」
「…おはよう」
往生際悪く残された温もりにしがみつけるだけしがみついてからリビングに顔を出す。対面式キッチンのカウンターにはいつも通り二人分の朝食が用意されていた。
「「いただきます」」
意図せず言葉が被る事は珍しくない。その気になれば苦もなく一挙手一投足合わせられる私達だ。寧ろ完全にタイミングを外す事の方が難しい場合もある。
「ごちそうさま」
「お粗末さま」
ようやく眠気との折り合いがついてきた私は、朝食の片付けが終わるまでに自分の仕度をして、戸締り確認。携帯と財布がポケットに入っている事だけ確かめて玄関に回る。
「恭弥」
勿論、途中で学ランを拾ってくる事も忘れない。
「珍しいね」
「そうでもないよ」
単独行動の予定がない日の私は大抵セーラー服だ。別に珍しくなんてない。久し振りではあるけど。
「今日は歩いて行こうか」
「そうだね」
ただの気紛れで、気分の問題だ。
「さぁ、まずはどうしよう、デクストラ。約束事でも決めようか。それとも先に目覚めるかい? あぁ勿論、ずっとここで語らっていてもいいけどね。君が死なない程度にだけど」
「約束、とは?」
「約束と言うかね、デクストラ。お願い事があるのだよたった一つだけ。別に君がその通りにする必要はないのだけどね、これから長い事一緒にいるのだからまぁそうしてもらえると私が助かるくらいに思っていてくれ」
「貴女本当に口下手ですね」
「やめてくれ、照れるじゃないか」
「褒めてません」
「…それで、貴女は僕にどうして欲しいんですか」
「私に何かして欲しい時は必ず言葉にしてくれ」
「理由を聞いても?」
「勿論だとも、デクストラ。つまりだね、私達は近すぎるのだよ。その気になれば意思の疎通に言葉なんて必要としないくらいに。だけれどねデクストラ、それでは駄目なんだ。言葉を使う事をやめた時私達は私達でなくなってしまうんだよ」
「僕が消えてしまうと?」
「いいや、それは違うよ、デクストラ。もしも私達が言葉を使わなくなった時、どちらかが消えてどちらかが残るなんて事はない。二人が一人になってどちらでもない誰かになるんだ。けれどもしどちらかが残れるのだとしたら、消えてしまうのは私の方だろうけどね」
「何故?」
「それはね、デクストラ。私が君を愛してしまったからさ」
----
「ねぇデクストラ、聞きたい事があるんだけど。今更で申し訳ないんだけどね」
「なんです?」
「君、なんて名前なんだい」
「本当に今更ですね」
「気を悪くしたのなら謝るよ、デクストラ。ただ私は最初に君が私の事をシニストラと呼んでくれたものだから舞い上がってしまってね、ついつい君の事もデクストラと呼んでしまったのだよ。その事は本当に申し訳なかったと思っているんだよ」
「なら許す代わりに貴女が僕に名前をつけてください」
「デクストラ?」
「いい加減その呼び方もくすぐったいですしね」
「君がそう言うのなら私は構わないけど、本当にいいのかいデクストラ。名前というのは人が与えられる最初の《存在》なのだよ。君をデクストラと呼ぶ私が言えた事ではないと分かっているけどね、それは祝福なんだよ、デクストラ」
「貴女の口から祝福なんて言葉が出てくるとは思いませんでした」
「本当にいいのかい? デクストラ。今ならまだ聞かなかった事にしてあげられるよ。思い直しよデクストラ。この上私から名前なんて貰った日には逃げられなくなってしまうよ。今だってこんなにも手放し難いのに」
「シニストラ」
「…なんだい?」
「僕を祝福してください」
「それでいいのかい? デクストラ」
「くどいですよ、シニストラ。僕が声に出して「お願い」してるんですから、素直に聞いたらどうなんです」
「なら六道骸にしよう!」
「いいですね。では、貴女はアリスと」
「――アリス?」
「僕だけが名前を貰って一方的に祝福されるなんて不公平でしょう? ――だから、貴女は今日から僕のアリスですよ、シニストラ」
----
最近はあまり肉体を省みて戦ってはいなかったから、失念していた。
「――アリス!!」
鮮血が淡い色の服を染め上げて真赤な花を咲かせる。痛みはその気にならずとも無視出来た。優先すべきは代えの利く私の体ではない。私の右目は、左目のように代えがきかないのだ。
「なんです?」
呼ばれたのでとりあえず返事をして、撃ってきた人間の死を願う。私の左目は幼い右目ほど優しくはないから、ほんの少し意識を集中させるだけでいい。人を殺すのはあまりに簡単だ。
「血が…」
「あぁ、そうですね。せっかくの服が台無しだ」
血管の途中に気泡一つ発生させるだけで人は死ぬ。なんと儚く美しくて愚かな生き物だろう。
「服の事なんて!」
「そう言うけどね、骸。この服は君が初めて選んでくれたものじゃないか。…気に入ってたのに勿体無い」
「貴女撃たれたんですよ!?」
「それがなんだって言うんです」
「弾は…っ」
「まだ体の中ですが、構いませんよ別に。体は使い捨てがききます」
「どういう事です…?」
「おや、言っていませんでしたか? なら百聞は一見にしかずです。いい機会なので見せてあげましょう」
「なんというか…化物ですか貴女」
「魔女です」
「そうでした…」
「ちなみに言っておきますが君は絶対に出来ないのでやらないでくださいね。勿論私がいる以上大きな怪我はさせませんが」
「アリス、また体を代えましたね」
「どうしてわかるんですか?」
「バレないと思っていた事の方が不思議です。処女膜戻ってますよ」
「どうりでキツいはずですね」
「それはこっちの科白です」
「嫌なら抜きなさい」
「それこそ嫌ですよ」
「我侭な」
「貴女には言われたくありません」
「おかしい…」
「何がです?」
「私は元々襲われるのではなく襲う側の人間です。それがまさか押し倒されるなんて」
「初めてなんですか?」
「私に馬乗になれる人間がいるとでも思ってるんですか、君は。勿論初めてですよ。君はこのアングルからでも綺麗ですね」
「それはどうも」
「本気ですか」
「嫌ですか?」
「いいえ、全く。寧ろ願ったり叶ったりです。君がやらなければ私がやってました」
「それは遠慮したいですね」
「嫌なんですか?」
「押し倒されるのが、ですよ」
「骸はSですからね」
----
「彼女は私が行きましょう」
「おや、珍しいこともあるものだ」
「女性の歯を抜くのはどうかと思いますしね」
「そうですね」
「さて、私は貴女に幾つか聞きたい事があります」
「僕もだよ」
「…単刀直入に言いましょう。――貴女は、誰です」
「それを聞くって事は、やっぱり君もそうなんだね」
「あぁ、まったく。なんだってこんな事に」
「さぁ、日頃の行いのせいじゃない?」
----
これでは無理だ。――そう確信した時既に私は得物を手放していた。
「戦意喪失を疑うには凶暴な目だ」
「当然だよ。誰がこんな面白いところでやめるもんか」
弟のものとは違う、ウェイトのあるトンファーはごとりと鈍い音を立て床に転がる。それでもまだ勝てるかは微妙だったから、革靴の底に貼り付けていた錘も落とす。――ごとり。
「まさかこれ以上早くなったり…」
「するよ。バトル漫画にありがちな展開だろ?」
「やっぱりか!」
実は他にも錘はあるが今日はまぁこれくらいでいいだろう。付け直すのも面倒だし。
「待て待て待て、話し合おう」
「僕が君をぐちゃぐちゃにした後でね」
今日は凄く気分がいい。
「お前が人間なんて嘘だ」
「幻術の一つも使わないでよく言うよ」
「殺し合いなら私が勝ってた!」
「だろうね」
「……」
「なに」
「雲雀恭弥の顔で素直な反応をされると違和感が…」
「恭弥は結構素直だよ」
「それは是非見てみたい」
「二人っきりの時だけだけど」
「惚気か」
「で、改めて確認するけど君は僕――…私と同じ境遇の人と考えていいのね?」
「おそらく」
「WJ、リボーン、異世界、転生、腐女子」
「最後違う」
「意味は分かるのね」
「あう」
「…それで? そんな転生トリッパーな貴女は私の味方? それとも敵?」
「味方!」
「恭弥ズタボロにしといてよく言うわ」
「ぎゃあっ」
「…まぁ、そうなんでしょうけどね。世界にたった二人だけの同胞なわけだし」
「酷い、なんてバイオレンスな子…」
「這いつくばってないで行くわよ六道眼(左)。そろそろ行かないとクライマックス見逃しちゃう」
「うぅっ…」
「…丁度いいところだったみたいね」
「どこが?」
「どの道参加出来ない戦闘を見なくていいあたりが」
「あれだけやってまだ足りないのか」
「育ち盛りなもので」
「嘘だろ…」
「いいの? 助けなくて」
「助けた方がいいかな」
「さぁ?」
「…まぁいいか」
「随分薄情なのね」
「助けてって言われない限り助けない事にしてるんだ」
「酷い相棒」
並中に雲雀は二人いる。《最凶の風紀委員長》雲雀恭弥と、その《姉》雲雀イツキだ。
二人は双子なので、一見すると見分けはつかない。あえて言うならトンファーを振り回す方が弟で、トンファーを出す間もなく敵を再起不能にするのが姉だ。
----
学ランを着てさえいれば、私と恭弥を見分けられる人なんていない。だからというわけではないけど、学ランを着ている時は大抵、私は雲雀イツキというより雲雀恭弥として振舞うことが多い。
群れてる奴等を見つけてはトンファーで咬み殺してみたり、群れてる奴等を見つけてはトンファーで咬み殺してみたり、みたり。
まぁ結局、普段とやってる事は変わらないんだけど。
----
言葉にしなくても考えている事が分かるのは、双子の特権。だから私はいつも表面的な静けさに甘えて、大切な事を音にし損なう。
「恭弥ぁ」
今日はなんだか、一人は嫌。でも気付いた時には恭弥は家を出て行ってしまっている。哀れっぽく呼んでも答えてくれるはずはなくて、分かっていても目が熱くなった。
「悪いな」
真赤な左目と真青な右目を持つ黒髪の女が、まったくそうとは思っていないような声音で謝罪する。顔はお手本のような満面の笑顔だ。
「お詫びに何か奢ろう」
「幾ら何でも無理があるわよ、それ」
「そうか?」
「…まぁ、いいけど」
ここで注目すべきはやはり彼女の左目だろう。漢数字の六が刻まれた眼球なんてそうそうお目にかかれる代物じゃない。というか、あるはずがないのだ。
そのありえなさに思うところがある私は、これが茶番だと分かっていても女と連れ立ってコーヒーショップに入ってしまう。
女はざっとメニューを流し見てから私を顧みた。
「何がいい?」
「バニラクリームフラペチーノ」
即答する私に「そうか」と一つ頷いて奥のテーブル席を示す。
「座っててくれていいぞ」
「それはどーも」
女の仕草はいちいち洗練されていた。その上容姿は充分すぎるほど整っているし、存在感だって半端じゃない。にもかかわらず恐ろしいほど目立っていなかった。街を歩けばすれ違う十人が十人振り返るような女なのに、私以外誰も彼女の方を見ようとしない。
「お待たせ」
けれど「何故、」という疑問は浮かばなかった。あの稀有な赤い目を持っているというだけであらゆる不自然が許容出来てしまえるのだから不思議なものだ。
「私についての説明は必要かな」
そんなもの、一目見れば分かる。
「名前くらい名乗ったら?」
「シニストラ」
「…イツキ、よ。苗字は必要?」
「いいや、知ってる」
甘くないクリームをぐるぐるカップの底へ押し込む私をシニストラは穏やかな目で見つめてきた。それが演技でないとすれば、彼女をあまり無下に扱うのも気が引ける。
「私が違ったらどうするつもりだったの? 左目さん」
私は元来好意に敏感だ。そして人間、好かれて悪い気がしないのは当然の道理ではなかろうか。
「別に、どうもしないさ。うっかり死にそうなほどのショックを受けてすごすご帰った」
もっとも彼女に対する感情はそんな受動的なものだけではないが。
「あ、そう」
真赤な左目と真青な右目を持つ黒髪の女が、まったくそうとは思っていないような声音で謝罪する。顔はお手本のような満面の笑顔だ。
「お詫びに何か奢ろう」
「幾ら何でも無理があるわよ、それ」
「そうか?」
「…まぁ、いいけど」
ここで注目すべきはやはり彼女の左目だろう。漢数字の六が刻まれた眼球なんてそうそうお目にかかれる代物じゃない。というか、あるはずがないのだ。
そのありえなさに思うところがある私は、これが茶番だと分かっていても女と連れ立ってコーヒーショップに入ってしまう。
女はざっとメニューを流し見てから私を顧みた。
「何がいい?」
「バニラクリームフラペチーノ」
即答する私に「そうか」と一つ頷いて奥のテーブル席を示す。
「座っててくれていいぞ」
「それはどーも」
女の仕草はいちいち洗練されていた。その上容姿は充分すぎるほど整っているし、存在感だって半端じゃない。にもかかわらず恐ろしいほど目立っていなかった。街を歩けばすれ違う十人が十人振り返るような女なのに、私以外誰も彼女の方を見ようとしない。
「お待たせ」
けれど「何故、」という疑問は浮かばなかった。あの稀有な赤い目を持っているというだけであらゆる不自然が許容出来てしまえるのだから不思議なものだ。
「私についての説明は必要かな」
そんなもの、一目見れば分かる。
「名前くらい名乗ったら?」
「シニストラ」
「…イツキ、よ。苗字は必要?」
「いいや、知ってる」
甘くないクリームをぐるぐるカップの底へ押し込む私をシニストラは穏やかな目で見つめてきた。それが演技でないとすれば、彼女をあまり無下に扱うのも気が引ける。
「私が違ったらどうするつもりだったの? 左目さん」
私は元来好意に敏感だ。そして人間、好かれて悪い気がしないのは当然の道理ではなかろうか。
「別に、どうもしないさ。うっかり死にそうなほどのショックを受けてすごすご帰った」
もっとも彼女に対する感情はそんな受動的なものだけではないが。
「あ、そう」
クロウのために窓なりなんなり作ってやらなければと思いはしたが、適度に満たされた空腹からくる眠気には勝てそうもなかった。
「もうだめ…」
ばたん休。正にそんな感じ。
「服、皺になるよ」
「んー…」
幸い部屋は一人部屋だった。誰に見られる心配もなければ心置きなくだらけていられる。
「後は任せた」
面倒事はリドルの仕事。
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