「本当にお嬢様へお見せするんですか?」
「うん。だってイツキちゃん宛だからね、それ」
「怒られても知りませんよ」
「君は大丈夫でしょ」
「…それもそうですね」
(おみあいするよ!)
---
「――なぁに? それ」
話を切り出す前に内容がバレていることを悟って、天谷は素直に観念した。
「申し訳ありません」
「私はそれが何なのかを聞いてるんだけど?」
心からの謝罪はバッサリ切り捨てられる。
嗚呼匠め覚えていろよと、天谷は内心毒づいた。
(わたしもだいじょうぶじゃない!!)
---
「――なに、それ」
「お見合い写真」
「見合い? 誰の」
「恭弥のじゃないから私のでしょ」
「……」
「私もお年頃ってやつだからね。むしろ立場的に、今までこういう話がなかったことの方が不思議。…まぁ、匠か天谷あたりで止まってたんだろうけど」
「それで?」
「…それで?」
「受けるの、それ。君の手元にあるってことはあの人達の所で止められなかったんだろ」
「考え中ー」
「ふぅん…」
(しんぱい?)
---
「アリス、この写真の人間始末しておいて。証拠は残さず速やかに、事故で」
「…誰?」
「私の見合い相手」
「お前には見合い申し込むのも命がけか」
「やり方が強引なのよ。あと顔が好みじゃない」
「顔…」
(そのきはまったくありもしない)
---
「どこいくの」
「お見合い」
「…受けたんだ」
「一応ね。でもすぐ終わるから、もしよかったら外で待ち合わせて一緒にご飯食べない?」
「いいけど」
「うん、じゃあまた後でね。いってきます」
「いってらっしゃい」
(くるはずのないあいてとみあい)
---
「いくらなんでも早すぎない?」
「相手が来る途中で事故にあったらしくて、ドタキャンよ」
「ふぅん…」
「何食べたい?」
「中華」
「いいわね」
(いつもこんなん)
---
「……――恭弥、」
「なに」
「結婚しない?」
「別にいいけど」
「よしっ」
「じゃあ私ちょっと根回ししてくる」
「いってらっしゃい」
「いってきます」
「…いやに軽いプロポーズですね」
「……あぁ、そういうことになるのか」
「って、気付いてなかったんですか?」
(どうせしごとのつごうかと)
---
「イツキちゃん、イツキちゃん」
とってとってと近付いてくる足音を聞いて、天谷はどこかへ行ってしまった。多分お茶くみだろうけど。ただ単に匠と顔を合わせたくなかっただけかもしれない。
「お見合いする?」
「……は?」
もしくは匠の持ってくる話について予め知っていたか、だ。
「――誰が、何をするって?」
そういう話はせめて恭弥のいないところでしてくれればいいのに。
「あ、ごめんね恭弥君。昼寝の邪魔しちゃったかな」
「分かってるならさっさと回れ右して戻りなよ」
「嫌だなぁ今来たばっかりなのに」
今にも武器を取り出しそうな恭弥は体感温度が下がるほどの殺気をばらまいているのに、そんなの匠はどこ吹く風。涼しい顔で適当に腰を下ろして、懐から取り出した写真をばらりと畳に広げた。
「どれがいい?」
「どれって…」
枚数が多くて全て広がりきってない。ざっと見、三十枚以上は確実にあるだろうか。
「しないわよ、見合いだなんて」
「あ、やっぱり? そう言うと思った」
「大体なんなのよその数…」
「だってほら、イツキちゃんはうちの跡取り娘だから」
「じゃあそれ全部関係者なの?」
「まぁ一般人ではないとだけ言っておくよ」
「私に見合いさせたいなら、私より強くて恭弥より美形な男見つけてきて」
「贅沢だね」
「どこが」
(よりどりみどりもきょうみなし)
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人間とは何だ? ――それは私にとって、人の形をした私以外の全て。
では化物とは? ――それは私のとって、私そのもの。
私は人外の化物。よって私は隔絶される。人の世とは私にとって、常に薄い皮膜越しに存在する手の届かない世界だ。私の存在と人の世は、水と油のようにけして混ざりはしない。
けれど「不可能」という言葉を私は好まない。限りの無い命と人ならざる力を持つこの私に限って、可能ならざる事があるだろうか。
考えるまでもなく、そんなものありはしない。
そして私は術を見つけた。やはり私は人の世に混ざる事が出来る。そう、この私に限って望んで成しえない事などありはしないのだ。私は関わる事が出来る。不可能などありはしない。
この身より人に近く、だがけして人ではない。私と人の間に立つ事の出来る「人ならざる人」さえいれば、私は関わる事が出来る。何故ならそれは私であると同時に脆弱な人でもあるのだから。関われてしまう。何故ならそれは脆弱な人であると同時に私なのだから!
さぁ、はじめようじゃないか。
(六道の魔女/霧。介するもの)
----
どうすればいいのかは理解していた。簡単な事だ。力を見せつけ甘く囁いてやればいい。
人ならざる力が欲しかろう。その媒介たる目をやろう。代わりにいらなくなった目をおくれ。なるべく綺麗な目が欲しい。他に望みはしないから。残った赤目に合うような、綺麗な色の目が欲しい。それが対価。等価であるかは関係ない。私は綺麗な目が欲しい。
嘘は真の皮を被り鼻の利かない愚者の目を欺く。せめて耳さえ澄ましていれば歓喜と悦楽の違いくらい聞き分けられただろうに。
「――魔女は死んだ!」
愚かな人め。
私が手ずから抉り出した右目は青い目の子供に移植された。赤と青。ルビーとサファイア。対照的なその取り合わせを、私は一目で気に入った。だから少し、ズルをした。子供の体に容赦なく流れ込むはずの記憶と力に制限をかけ、元々平等で等価な両目に優劣をつけた。子供の未熟な精神が壊れてしまう事のないように。折角手に入れた宝石を、濁らせてしまう事がないように。
私は少し、ズルをした。
「力を手に入れた気分はどうだい? 少年」
初めから大切な右目を他にくれてやる気はなかった。だから私は散歩するような気軽さで少年の夢を訪れる。現実と同じ殺風景な夢の中。膝を抱え座り込んでいた私の《右目[デクストラ]》は、私を見るなりこう言った。
「――シニストラ」
嗚呼、なんと愉快な事だろう。私の事を《左目[シニストラ]》と呼ぶなんて!
「あぁ、そうとも。私が君の左目だ、デクストラ。話が早くてとても助かるよ。なにせ私は口下手だからね。一から説明するのは酷く億劫だと思っていたんだ」
笑う私に《右目》は無表情を張り付けた顔を向け手を伸ばしてくる。はてと首を傾げながらも私はその手を取った。――だって私はシニストラなのだから!
「口下手と言う割に、よく喋る」
「不必要な言葉を連ねてしまうから口下手なんだよ。だからその分君は言葉を選ばなければいけないよ、デクストラ。せめて君くらい口上手でないと私が面倒臭いからね」
「…そうですね」
だから君の考える事は何だってお見通しだよ、デクストラ。力が欲しいのだね。復讐してやりたいのだね。滅茶苦茶に壊してしまいたいのだね。――ならば何故即座にそうしないのだい。君はもう私のデクストラなのに!
「あぁでも、煩いのは嫌いかい? デクストラ。ならば私は口を噤もう。君が望むのなら目を閉じ耳を塞いだっていい。なにせ私は君のシニストラだからね。君の嫌がる事はしないさ」
「何故?」
「何故? 何故と聞くのかい、デクストラ。私が君をこちら側へ引きずり込んだのに。分かっているのかい? デクストラ。私は君の身に降りかかる不幸の一端を担う魔女なのだよ」
呪われた《魔女[ウェネーフィカ]》の力を持つ者がその意思のままに力を揮わないだなんて不幸、私は耐えられないのだよ、デクストラ。
「僕に恨めと?」
「選択するのは私ではなく常に君でなければならないのだよ、デクストラ。私は魔女であって人ではない。よって人の世に直接関わることは出来ず、唯一君が言葉にした願いを叶えるためだけに干渉を許される。だから恨むも許すも、君が考えた上で選択しなければならない」
君はただただ願えばいい。
「さぁ、思いを言葉にして願ってごらんよ、デクストラ。君は私にどうして欲しい?」
「――…そばに、」
「それを君が望むなら、未来永劫。何度命が廻ろうと」
それこそ《魔女》の《右目》に相応しい所業だ。
「この左目にかけて誓おうじゃないか」
(魔女の眼球/霧。契約)
失えば生きていけないだろうと思っていた。けれど実際そんなことはなくて、私は恭弥を失った今もなおのうのうと生きている。生きて、みっともなく足掻こうとしている。
だって未来は変えられるから。
(わたしがかえる)
----
「雲雀君は面白いものを手に入れたそうですね」
「…面白いもの?」
「おや、御存知ありませんか?」
「勿体つけないで教えて」
クフクフ笑う骸にいつも通り構うのが面倒な程には疲れている。けれどその理由がいつもの体調不良だと、分かっているらしい骸はお構いなしだ。「せっかちですね」とまた笑い、気遣いもなく話を進める。
「聞いたことはありませんか? 呪われた匣について」
それが正しい対応だ。
「……――あぁ、使用者が次々に死んでるっていう? それを恭弥が手に入れたの?」
「えぇ」
「ふぅん…」
「反応薄いですね」
「正直興味ない」
「まったくあなたときたら…」
「なによ」
「そのうち足元すくわれますよ」
「ないない」
(だるだる)
どうして気付かなかったんだろうと思いながら、知らず知らずのうち下腹部へ添えていた手を引き剥がす。
「産まないつもりか?」
それだけで私がそこにあるものについてどう思っているか分かったのだろう。目敏い医者に「産めるもんか」と吐き捨てる。
「こんなのはただ足枷にしかならない」
「そういうもんかねぇ…」
「そもそも私が十月十日も大人しくしてられるもんか」
大体にして人を殺し続けなければまともに生きてもいけない身の上だ。
(うっかり)
----
くるくるくるくる。手慰みに物騒なものを回すルナの視線が自分の方へ向けられたことに気付きながらも、気付いたことに気付かれたら後はもうなし崩しだとわかっていたので、文弥は努めて無関心を貫いた、
(ひまないもうと)
「今日からここで寝よう…」
だらしなく床へ寝そべり、時折意味もなく呻いていたかと思えばそんなことを言い始める。本当に実行したら夜中に床の冷房と暖房を切り替えてやろうと考えながら、雲雀は一先ず目障りな図体をどうにかしようと足を上げた。
「…恭弥君、何かなこの足は」
「僕の足だよ。見てわからない?」
やっぱりリナは暑さで少しおかしくなっているのかもしれない。
「……その足が私の背中に乗ってる理由を聞いても?」
そんな当たり前のことさえ分からなくなっているようなら重症だ。これ以上悪化する前に一思いに殺してやるのが親切というものだろうと、雲雀は容赦なくリナを踏みつけた右足へ体重をかけていく。
「踏み潰して欲しそうだったから、望み通りにしてあげようと思って」
「やっぱりか…!」
わたわた逃げ出そうとしたって今更手遅れだ。雲雀は無防備に晒されていた背中の中心を違わず押さえ込んでいる。
「私一応お前の恋人だよな? 彼女に対してこの扱い?」
「嫌なら他をあたりなよ」
「いや嫌とかそういうことじゃなくてだな…」
それでも本気でどうにかしようと思えばどうとでも出来るだろうに、早々脱出を諦めたリナはくたりと脱力して「もうどうにでもして」と言わんばかりの体だ。
つまらない。
「もっとちゃんと抵抗したら」
普通に道を歩いていてバズーカに当たるだなんて考えても見なかった。そんな馬鹿な話、恭弥だって俄には信じてくれないだろう。
「ありえねー…」
そもそも避けられるはずだった。それがどういうわけか当たってしまって、十年バズーカだと当たりは付けていたものの心臓に悪い。
「――何が?」
視界を遮る煙が晴れきるより前。気配はなく、それでも極近から聞こえてきた声に飛び退いたのは咄嗟。《バタフライラッシュ》を出したのは条件反射で、けれど殺気の類がないために銃口の行き場はなかった。
「…思ってたより変わらないな」
ひらりと舞った蝶が差し出された指先にとまって翅を畳む。
「お前…」
ようやく晴れた煙のその向こう。見知らぬ、けれど見覚えのある顔を見つけて思わず息が止まりそうになった。
「恭弥、なのか…?」
「そうだよ」
----
「十年後の世界へようこそ」
----
おいでおいでと手招かれて近付き方が恐る恐るになったのは、恭弥があからさまに私のことを面白がっていたから。お互いに手を伸ばせば届く距離にまで来ると手を差し出され、これにもまた恐る恐るの体で手を重ねた。
「君が十年バズーカを避けられなかったのは、この時代の君がそういう細工をしたからだよ」
「細工…?」
「詳しくは聞いてない。体に害はないし効果も一時的なものらしいけどね」
「なんだそれ」
促すように手を引かれてソファーの隣へ。座ってみると、恭弥の方が目線が高くて妙な感じだ。
「君のすることだよ」
「…信じてるって?」
「現に成功した」
私が無事でここにいることを示すようぐしゃりと髪を乱す。本当に何の心配もしていなかったらしい恭弥には悪いが、時代が違うとはいえ私が私にすることだ。恭弥に説明できないような荒技を使ったに違いない。要はバレなければいいのだと自己完結する自分の姿が目に浮かぶ。
「…ちょっと待て、」
「なに」
ということは、だ。
「私はこっちに来たんじゃなくて来させられたのか」
バズーカにあらかじめ細工がしてあったということは、つまりそういうことなのだろう。
「これから始まる計画にこの時代の君が邪魔だったんだ」
「邪魔、って…」
それにしたってもっと言い様というものがあるだろうに。
「私って結構便利じゃないか?」
「便利すぎたんだよ」
「えぇー…」
便利すぎて邪魔って何だ。
「おいルナ、そろそろ起きろよ」
「……しね…」
寝起きの第一声がそれってどうなんだと、思いはしても口には出さない。呆れ混じりで顔を顰めるにとどめて、文弥は遠慮なくルナの毛布を剥ぎ取った。
むしろ遠慮するべきなのは目を開けるなり殴りかかってくるルナの方だ。
「うおっ…」
容赦も躊躇もなく急所狙いの攻撃をギリギリかわして、安全圏まで退避する。しばらく枕以外何も無いベッドの上で呆けていたルナは、まだ寝足りなさそうに目をこすりながらずるずる起きだした。
「お前いい加減自分で起きろよな」
「……るさい…」
「まったく…」
「……しね…」
寝起きの第一声がそれってどうなんだと、思いはしても口には出さない。呆れ混じりで顔を顰めるにとどめて、文弥は遠慮なくルナの毛布を剥ぎ取った。
むしろ遠慮するべきなのは目を開けるなり殴りかかってくるルナの方だ。
「うおっ…」
容赦も躊躇もなく急所狙いの攻撃をギリギリかわして、安全圏まで退避する。しばらく枕以外何も無いベッドの上で呆けていたルナは、まだ寝足りなさそうに目をこすりながらずるずる起きだした。
「お前いい加減自分で起きろよな」
「……るさい…」
「まったく…」
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