十一年という歳月は人の記憶を劣化させるのに充分で。なんとも投げやりにまぁいいか、と己の運命を敷かれたレールの上へ横たえてしまえるほどに長かった。
私はジニー・ウィーズリー。今年ホグワーツ魔法魔術学校に入学する、ウィーズリー家唯一の女児だ。つまり長女。ただし上から数えて七番目。
「汽車が出るわ。急いで!」
今更新鮮味も何もなく。六人の兄たちへそうしたよう、両親は私を送り出した。
九と四分の三番線。ホグワーツ最寄りのホグズミード駅へと直行する、真紅の機関車の中へ。
「行ってきます。ママ!」
別れを惜しむ間もなく出発した特急は、ぐんぐんスピードを上げキングス・クロス駅を離れた。
「ロン兄さんとハリーは?」
「さぁな」
「ギリギリ滑り込んでるだろ」
座れるコンパートメントを探して混み合った通路を進む双子な兄の後ろをついて歩きながら。
---
「兄さん」
「「なんだい、妹よ」」
「ホグワーツ特急に乗り遅れたらどうなるの?」
兄たちは、瓜二つな容貌を見合わせて笑った。
「妹よ」
「「それはそれは楽しいことになるだろう」」
それは、笑いごとじゃない。
(トラブルメーカーは誰だ/末姫。いやなよかん)
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半日かそこら姿を見ないと思ったら、何食わぬ顔で部屋にいる。
戻った私と目が合うなり、リドルはにっこり笑ってこう言った。
「蛇は好き?」
私だって馬鹿じゃない。
リドルの言う「蛇」が何か、分からないほど呆けてもいなかった。
私が気付くと、分かっていて言ったに違いない。だいたい蛇が好きかどうかなんて、分かりきったことだろう。
「まさか連れてきてなんてないでしょうね…」
「どうだと思う?」
とぼけた顔して小首を傾げるリドルに確信した。
いる。
私たちの「支配」する力は使えば使う程に進化する。強化されていく。
たとえばマリーメリーのそれが初めのうち、傍にいる人の機嫌がなんとなく感じ取れる程度のちょっとしたものだったにも関わらず、今では他人の心を思うがまま書き変えてしまえる程のものへと成り果てているように。私が持つ《力》だって、まだまだ伸び代は途方も無いほどにあった。
だから今更、その影響範囲が「金属」から「鉱物」へと広がったところでどうということもない。
「ねぇ見て、リドル」
気が付いたのは、偶然。誰かの落とし物だろう、小さな赤い石の嵌る指輪を拾った時の事だった。
私はその時、台座のシルバーと嵌め込まれたルビーへ同じよう魔力が通ることに気付いてしまった。
それはつまり、生まれ持った便利な力でその両方を《支配》してしまえるということ。
いつかそんな日が来ることは分かっていた。私もマリーメリーと同じ、自分の《力》を伸ばすことに躊躇いのない人間だから。金属に対する《支配》が完全なものとなってから、次の段階へと進むことはある意味必然だった。
そうして手に入れた真新しい《力》を、私は扱い慣れた金属の応用でいとも容易く飼い慣らしていく。その進化に終わりのないことを知っていたから。心は貪欲に更なる《支配》を求めてさえいた。
「綺麗でしょう――?」
ジニー・ウィーズリーには相応しくない「異能」。
その《支配》を、長らく振りに現した本来の姿でミザリィは思うがままに振り撒いた。
その指先から放り投げられる金貨が、
銀貨が、
銅貨が、
水晶が、
紅玉が、
青玉が、
瑪瑙が、
ありとあらゆる「鉱物」が、本来の在り様を捻じ曲げられ、柔らかな飴細工よりもっとなめらかに、飛沫を上げる水より軽く宙を舞う。時折気紛れのよう研ぎ澄まされては深々と周囲の壁に突き刺さり、床を抉った。
面白ものを見せてあげる――。
いつになく上機嫌なジニーに連れられ、とある隠し部屋まで足を運んだリドルはこの上ない愉悦と囁かれた遊興の正体に絶句する。
いったいこれは、どういう類の悪夢だろうか――と。
「石の方がずぅっと、魔力によく馴染むのよ」
踊るようにくるくると、黒髪を揺らして回る。
ミザリィの周囲には、絶えず交じり合わない水と油のよう雑多な色が躍っていた。
その全てが元は石や硬貨だったなどと、今更誰が信じられるだろう。
ただの色水を同じように操ってさえ、その華やかさと技巧の素晴らしさからミザリィは惜しみない賞賛を得られたはずだ。それが鉱物である必然性など、この期に及んで微塵もありはしない。
ミザリィの《力》は、最早そういう域に達した《魔術》。
「君、本当に僕と秘密の部屋開けるつもり…あった?」
「えぇ」
どうしてそんなことを聞くの? ――あるいは、「そんなのあなたが一番良く知っているでしょう?」とばかり。
きょとりと首を傾げるミザリィにいい加減、馬鹿馬鹿しくもなったリドルは声を上げて笑う。
これなら、いっそ誰を相手取ったとしても負けはないだろうに――と。
「君って、最高だね」
(おどるレクイエム/赤目と記憶。きょうき)
私の魔力に隅から隅まで侵食され、とろとろと溶けたラピスラズリは小さな刷毛のひと塗りでサーフィールの爪を覆う。
深く落ち着いた青が彼女には良く似合っていた。
「綺麗に塗れるもんだね」
「魔法使いですから」
あっという間に両手の爪十枚を塗り上げ、満足のいく仕上がりに一つ頷く。
「落としたくなったら言ってね」
「わかったよ」
「うん。――ありがとう、サーフィール」
美しいことにはただそれだけで価値があると、私はとうに確信していた。
「ねぇ見て、リドル。
サーフィールが褒めてくれたの」
真赤に煌めく小指を見せびらかすよう差し出すと、リドルはルビーよりももっと綺麗に艶めく瞳でそれを見つめた。
だけどサーフィールのよう褒めてはくれない。
ちょっと顔を顰めて――またすぐ完璧な笑顔になって――「良かったね」と。
それは――取り繕うことへ病的に慣れた男のやることにしては、酷く稚拙な――誤魔化しになってもいないような誤魔化し。――あからさまな「嘘」だった。
私は、そんなリドルに愕然とした。
だって「リドル」なのに。
「…褒めてくれないの?」
生きるために愛されることを望んだ過去の亡霊は、ただ私のことをぎゅうと抱き締めて離さなかった。
それはどこか戸惑っているようで、哀しんでいるようで、何かを諦めてしまったようでもある。
要は、意味が分からなかった。
リドルがいつも通りに笑って、喋って、そこにいるなら、日記帳の一つくらい何からだって守り通してあげられるのに。それさえ覚束なくなってしまったら、私を救ってさえくれない男にいったいどれほどの価値があるというのだろう。
「リドル――?」
役立たず。
そう罵って、ずたずたに引き裂かれてしまいたいのだろうか。
この、私に。
割とインドアな方。
「というか、単なる引きこもりだよね。君の場合」
呆れ混じりというか、なんというか。いかにも「仕方ないなぁ」みたいにリドルは言って、休日だからとぬくぬく布団にくるまっていた私を引きずり出す。
抵抗は、物理的には可能でもあまり意味が無い。なにせ膂力では完全に私の方が負けている。勝ち目なんて一分たりともあるとは思えなかった。
無駄なことはしない。
「こら」
とはいえ、休日仕様で完全オフの体が無理矢理立たされたところできっちりバランスを取れるはずもなく。
一人がけのソファーへ飛び込むよう倒れ込み、これ幸いと膝を抱えて丸まった。
「ミザリィ」
「…ジニーだし」
窘めるよう名前を呼ばれ、そう返したのはなんとなく。
視界を遮る長い髪を掻き上げられたついでに顔を上げると、ソファーの前へ両膝ついたリドルと視線がかち合う。
「ジニー」
甘い声出したって無駄だ。
「今日は絶対、一歩も、ここから出ない」
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