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「――珍しい客だな」



 静寂の中落とされた声にジブリールは手元の本から視線を上げた。



「客?」
「あぁ、・・その様子だと気付いたのは私だけか」



 薄暗かった室内に光源のない明かりが灯る。
 テーブルの上に音もなく現れた二人分のティーセットに、ジブリールは小さく寝息を立てているイスラフィールを連れて姿を消した。



「嫌われてるのかな?」



 ふわり。



「気が利くだけさ」



 頬を撫でたのは心地いい風。
 一人掛けのソファーに腰を下ろし、前触れもなく現れた少女は微笑んだ。



「初めまして、イヴリース」



 肩を流れ落ちるのは漆黒の髪。



「今更そんな挨拶いらないさ」



 真っ直ぐに見つめてくるのは黒曜石の瞳。



「こういうアソビは好きだったと思うけど?」
「相手がお前じゃぁな」



 初めて会う、けれど良く知った――悪く言えば知りすぎた――相手に、イヴリースはどうしたものかと肘掛に頬杖をついた。



「やりにくい事この上ない」



 知りすぎて、知りすぎて、逆にどう扱えばいいか決めかねる。
 まさかこんな形で会うことになるとは思わなかった。――そしてきっと自分の思考もお見通しなのだろう、この相手は。



「大丈夫」



 テーブルの上のティーセットがひとりでに動き出す。
 甘党な少女らしく多めに入れられた砂糖に、苦笑した。



「そうだな、お前相手に何をしようと通用しない」
「そういう意味じゃないよ。まぁ、そうだけど」



 それ以前に何もする必要がない。彼女は、いつも自分たちのことを考えてくれている。



「それで? 雑談でもしに来たのか?」



 目の前の少女の頭の中は自分たちのことばかり、自分たちがこの後どんな運命を歩むか、どんな障害につきあたるか、それをどう乗り越えるか。



「そんなに暇じゃないよ、私」



 猫舌にはまだ熱い紅茶を眺めながら、少女は眉を寄せた。
 けれど視線だけは動かないのだから面白い。思わず逸らされたイヴリースの視線に気付き、少女はカップをテーブルに戻す。



「でも、まぁ・・雑談もいいよね、イヴたちとなら」
「ジブが喜ぶ」
「イヴは?」



 冷まそうと思えばすぐにでも出来るのに、少女は自分だけの特権を行使しようとはしない。
 けれどそれはイヴリースたちにも言えることだった。比類ない力を持っているからこそ、力ない人間の真似事を好む。



「さぁな」



 不敵に微笑んで見せたイヴリース。少女は笑った。



「その笑い方大好き」
「そうだろうな」
「イヴの髪もイヴの目もイヴの手も、全部好き」
「知ってる」



 貴女の全てが愛おしいのだと、少女は言う。
 そんな事とうの昔に知っている。愛されていないわけがない。



「イヴは?」
「ん?」
「私のこと好き?」
「あぁ」



 それはジブリールもアズライールも、きっとイスラフィールだって同じ事。



「言葉では言い表せない程愛してる」



 そして何があろうと変わらない。
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