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小噺専用
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 暑くもなく寒くもない昼下がり。まどろんでいたジブリールは、ふと落ちた影に誘われるよう目を開けた。
 柔らかな日差し。ジブリールの午睡を遮って、イヴリースが口を開く。

「おはようジル」
「…おはよう」

 そんなことを言うために、彼女が態々出向くわけもない。

「なにか用?」

 流した髪を梳かれることに心地よさを覚え、もう一度瞼を下ろしながらジブリールは尋ねた。
 イヴリースの指先が髪に絡み、微かなくすぐったさを伴って眠りを誘う。

「ちょっと出掛けてくるよ」

 まるで、彼女の触れた場所から眠りが流し込まれているみたいに。

「どこへ?」
「おかしなことを聞くな」

 お前は知っているだろう? ――眠りがその色を増す。現実が、音を立てて沈んだ。

「ジブリール」

 緩やかに眠りへと引き込まれたジブリール。そっとおやすみのキスをして、イヴリースは硝子張りの天上を仰いだ。

「ゆっくりおやすみ」
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「とりえず…城?」
「安易すぎないかそれ」
「そう?」

 まず最初に創られたのは、王様のお城。

「次はー…何がいい?」
「もう詰まったのか」
「だってもうよくない? 城あるし」
「…領地と国民は?」
「わらわらいると面倒臭い」
「領地」
「まぁそれくらいなら…」

 次に領地。

「あ、あと空」
「…とりあえず世界として最低限のものは創っておいた方がよかったんじゃないか?」
「そうかな」

 最後にぐるりと空を創って、おしまい。

「まぁでもこのくらいでいいっしょ」

 王国遊戯のはじまりはじまり。

 世界は歪に歪んでいた。だから私が力を揮う。既に必然となりつつあるその行為の意味を問う者はなく、またそれすら必然であると私は現状を飲み下した。


 遠くに大きな力の発現を感じて、美香[ウツカ]は足を止めました。命がけの乱闘の只中です。刀の切っ先を下げた美香は恰好の的でしたが、十数人はくだらない狩人の誰一人として、彼女を傷付けることはできませんでした。
 彼らは優秀な狩人です。けれどそれ以前に、愚鈍な獲物でもあったのです。

「イヴが気にしてた錬金術師かな…」

 美香の独り言のような呟きを聞いた獲物はいませんでした。

「…かえろ、」

 崩れ落ちた死体は、どれも砂となって風に流されていきます。久々の食事を終え満足気な愛刀――如月[キサラギ]――を鞘へ収めて、美香はとん、と軽く地面を蹴りました。
 《次元の狭間》を渡って、美香が向かったのはついさっき感じた力の発現場所です。

「――来たのか」

 そこには美香の予想したとおり、《銀の魔女》ことイヴリースが佇んでいました。
 けれど美香の予想に反して、その表情はあまり明るくはありません。

「イヴ?」

 イヴリースはこの世界で見つけた一つの存在を、ずっと観察し続けていました。その存在に、隔絶された世界を人のみで越える可能性を見出したからです。
 そしてついに今日、イヴリースの観察対象は世界を飛び越えました。
 美香からしてみれば、イヴリースが上機嫌で口笛を吹いていたって不思議はありません。なのに彼女はどこか不満気で、まるで大切にしていた玩具を壊してしまった子供のような顔で立ち尽くしています。

「イヴ、どうかしたの?」

 美香の言葉に、イヴリースは小さく首を横に振りました。

「なんでもない」

 とてもそうは見えませんでした。けれど美香はそれ以上何も言わず、先に帰るわねとだけ言い残してこの世界を後にします。
 残されたイヴリースの足下には、小さな石が一つだけ落ちていました。

「これがお前の願いなのか? レイシス」
 《扉の廊下》――そう呼ばれる場所に、藤彩[フジアヤ]は立っていました。長い藤色の髪は風もないのに優しく揺れ、同じ色をした瞳の奥には、綺麗な光が宿っています。
 藤彩は思案していました。
 《扉の廊下》は、その名の通り、扉しかない廊下です。緩くカーブした廊下の見える限りには、左右で均等に白い扉が並んでいます。鍵穴に鍵が刺さっている扉には模様がなく、そうでない扉には、びっしりと繊細な幾何学模様が刻まれていました。
 それが、目印なのです。
 一つ一つが別の世界へ繋がる扉を並べた《扉の廊下》で、藤彩は思案していました。暇を潰すことが目的でしたから、あまり面倒な世界へは行きたくありません。けれど藤彩には、扉に刻まれた模様を読み解くことが出来ないのです。
 間の悪いことに、それが出来る知り合いは二人ともが外出中でした。
 いっそ出かけるのを諦めてしまおうかと、藤彩は考えます。一か八かの賭けと退屈なら、まだ退屈の方がいいような気がしました。何しろ今回は自分一人。もしもの時、哂いながらも手を貸してくれる《銀の魔女》はいないのです。
 悩んだ末、大人しく退屈を持て余していることにした藤彩は、くるりと踵を返し《扉の廊下》を後にしました。

「――、」



 女は力を揮い損ねた。それは完全に予想外の出来事だった訳ではない。ただしさすがの彼女でも今この状況でそれが成されるとは思ってもみず、また、その程度には唯一己の力を無効化できる存在の分別を信じてもいた。
 この状況だからこそ、と言えないこともないが、あんまりだ。



「嘘だろ、おい・・」



 故に零れたのは異様に覇気のないセリフ。次いで魂まで吐き出してしまいそうな溜息。



「X、さすがにこれはあんまりだろう・・・」



 世界が暗転しようとしていた。


「お前の家、何でこんなに広いんだよ」
「多分説明してもわからない」
「なんだよそれ」
「簡単に言うと、空間を抉じ開けて捻じ曲げたって感じ。だから敷地はどこまでも続いてるし、捻じれを利用すれば一瞬で行きたい所にもいける」
「・・・じゃあ何で俺ら歩いてんだよ」
「急ぐ理由がないから」
「あっそ」

 昔々、ある所にとても広いお屋敷がありました。

「で、さぁ、どこ行くの?」
「もうつく」

 そこには昔々、混沌の中から生まれ、たくさんの世界を創った神様とその家族が住んでいました。

「うわ、何ここ」
「境界」

 神様は家族の事をとても大切にし、皆にとても慕われていました。

「って・・・なんで森の中にドアがあるんだよ、ドアが」
「あるところにはあるのよ」
「嘘だぁ」

 けれどある日、神様は家族と広い屋敷を残して、忽然と姿を消してしまったのです。

「この向こうは現実。歪められたこの空間の中で、この先だけが現実の世界」
「・・・ちゃんと土地があるってこと?」
「そう。たとえ〝あの人〟の力が消えてこの屋敷がなくなっても、この扉の向こう側だけは残る。そこだけは、扉の向こうにあり続ける」
「なんで」
「それは・・・」

―――ガチャ

「ここがこの世界の中心であり、あの人が唯一愛した人の場所だから」
「・・・場所?」
「見て」

 なぜなら、神様は大切な人を亡くしてしまったから。

「・・・人?」
「あの人が愛した人の骸よ。あの人と彼自身の力で、今でも生前の姿を保っている」

 なぜなら、神様の大切な人は神様に哀しんで欲しくなかったから。

「・・・この花は?」
「アイリスよ、この世界を創った時、あの人と彼が植えたの」
「こんなに?」

 だから大切な人は眠ります。
 広い世界の中心で__

「それは、植えた本人達にしかわからないわ」
「ふぅん、で、なんで俺つれてきたの? 俺を」
「だって言ったじゃない『世界の中心には何があるのか』って」
「それだけ?」
「それだけよ」

 たくさんの想いに囲まれて、大切な人は眠ります。




アイリス――花言葉
<あなたを大切にします>
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