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 フルベは生きながら死んでいるのだと、名もない少女は言った。
 名も身寄りもない、どこにでも転がっている孤児。道端に座り込む少女にはこれといってフルベを惹きつける要素はなかったが、かけられた不躾な言葉よりその内容に、フルベはほんの少しだけ興味を示す。



「お前、名は?」



 少女は首を振った。名などありはしない、と。
 フルベは少女が首を振る――または名の存在を否定する――ことを知っていた。一目見たときから、少女が孤独なことには気付いていた。



「あなたは、生きながら死んでいる」



 他人の事などその辺の小石ほどにも思っていないフルベの歩みを止めた言葉をもう一度口にして、少女はフルベの足元に目を落とす。



「あなたは、殺されながら生きている」



 今度は言葉の意味が違った。



「それで? お前には何が見える?」



 つ、と伸ばした手で薄汚い少女の顎を持ち上げ、フルベは微笑んでみせる。
 計算されつくした容貌に浮かぶ艶やかな笑み。――少女は目を閉じた。



「真紅よ。哀しい人」










(ならばそう、せめて安らかに眠れることを祈っておくれ)
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 ここでないどこかから聞こえてくる呼び声が、深遠へと沈みかけたフルベを呼び戻した。










 真紅に染まる視界。たゆたう異形の者。ここでないどこかではなく、今目の前にあるこの光景こそが、フルベを呼び戻し繋ぎとめる。――生へと。
 未練などありはしないというのに。



「――のう、エイシ」



 軽い羽ばたきが耳朶を打った。
 足元の定まらない世界。立ち上がり、フルベは手を伸ばす。
 ここでないどこか。それはここ以外の全て。己がどこから来てどこへ行こうとするのか、フルベは知らない。知ろうともしない。
 飛来した烏が鉤爪を立てることなく、器用に彼女の肩で羽を休めた。



「知っておるか?」



 バサッ



「妾[ワラワ]はとても強欲じゃ。強欲すぎて、泰山府君[タイザンフクン]にも嫌われてしもうた」



 けらけらと、壊れたようにフルベは笑う。ただしその行為が彼女の容貌を貶めることはない。
 漆黒の烏はただその様子を見つめていた。揃いの色をした瞳だけが、一人と一羽の繋がりを物語る。



「だから、のう?」



 伺うように息を潜めたフルベの肩から、エイシは飛び立つ。空はなく、目の前にはただ真紅の世界が広がっていた。




「教えておくれ」




 極上の絹を鮮血で染め上げた、フルベの最も好む真紅の着物がこの世界には溶け込んでしまう。
 エイシには、それがとてつもなく恐ろしいことのように思えた。



「妾は、誰じゃ?」



 貴女は――。






























 世界に愛されてしまった。









「――影屍」



 今のフルベが使役する唯一の式が顕現し、即座に彼女の望みを叶えた。
 命じるでもなく成されたそれに満足げな呼気を零し、フルベは一片[ヒトヒラ]の布を風に放す。



「神風」



 発現した力がそれを千々に切り裂き、――ひとしきり笑うとフルベはすぐ傍に跪く影屍の頭に手を乗せた。
 幼い子供を褒めるよう左右に動かし、ついてこいと声をかけ歩き出す。



「主様」
「ん?」
「私は人目につきますが」
「構うものか」



 けれど不思議と、人目を引くはずの影屍を目に留めるものはいなかった。
 そこで己の肩に乗る布切れの存在に気付き、影屍はほぅ、と息を吐く。



「気付きませんでした」
「気付かれてたまるものか。まだまだ妾は現役じゃ」
「それは失礼を」



 ほろほろと、夜が啼いていた。
「おおっと、なんてこった」



 紅の引かれた細い唇にそぐわない俗な言葉を口にし、どこからともなく取り出した扇で女は口元を覆った。
 肩の大きく開いた紅色の着物。体の前で大きく蝶の形に結ばれた帯。肩を流れる濡れ烏色の髪。爛々と輝く血色の瞳。この場には到底そぐうはずもない、どこか禍々しくも美しいその立ち姿に、誰が目を奪われずにいれよう。



「とんだ場にいあわせた」



 けらけらと笑いながら女は、目の前の異形に恐れ戦きもせず近づく。
 そして、



「とりあえず、消えや」



 さも当然のように、言い放った。
 ついと差し出した扇をぱちりと閉じ、くるりと手首を回し、開いた手の平にはもう何も持ってはいない。



「でないと喰ろうてしまうでぇ」



「我が名はフルベ。名を名乗れ異形」
「――影屍[エイシ]」
「ならば影屍、その名の下に忠誠を誓うがいい。妾に隷属するせよ」
「御身に忠誠を、飛鳥天女を捕らえし人」
「・・・・・貴様、京の出か」
「いかにも。ただ貴女様に刃向ける気はなく、ただ御身のために尽くせればと思い結界を破りし者であります」
「なんとまぁ、物好きな。――飛翔の末路を知っておろうに」




「――フルベ様」
「おらぬ」
「まぁ、またそのようなことを」
「おらぬよ」
「お寄りになってはどうですか? よいお酒をお出しいたしましょう」
「妾が飲むのは異国のぶどう酒、それ以外は飲まないよ」
「もちろん、ご用意してございます」
「はてさて、」



 妾が飲まされるのはぶどう酒か、泥水か。





「ということで今年は皆で仮装をしましょう」
「は? なんで俺「いいねそれ! あたし賛成。でも衣装どうするの?」
「それなら多分生徒会が使ってる倉庫にあるけど?」
「それって使っていいの?」
「いいだろ、俺会長だし」
「ぇ、華月さんって会長さんなの?」
「おいおい」
「生徒会ってなにしてるの? 雑用?」
「んー・・全部かな。雑用?」
「そこは否定したほうがいいと思いますよ、会長として」
「じゃあ衣装は華月兄さん担当ー! 決定」
「いやだから俺は「須佐うるさい」・・・すいません」
「それって私もするの?」
「ついでに闇王も呼べば? 来るだろ呼べば」
「・・・・・女装させたいな」
「いいですねそれ。では、恐れ多くも言霊の巫女と風王、そして闇王には女装でもしていただきましょうか」
「げっ」「は「須佐」・・・はい」
「カヅキは巫女姿になったら既に女装」
「いやそりゃないだろ、だってあれはほら、不可抗力だし、な?」
「では言霊の巫女は今日一日能力の発動制限をかけるということでいいですね? 暁羽」
「わかった」
「ぇ、何それ俺今日一日仕事どうするんだよ」
「それは秘密です」
「いや秘密とかでなしにっ」
「お菓子どうすんの?」
「個人で用意するんじゃない?」
「私とクッキー焼きたい人ー!」
「はー「彩花、お願いですから料理だけはやめてください」・・・あれは失敗だったんだって」
「なら、私」
「じゃあ僕も」
「三人ね。夕立、クッキーの材料書き出して」
「誰が買いに行くんだよ」
「心配しなくても貴方にそんなことさせないわよ」
「ならいいけど、誰?」
「そうね・・誰がいい? 冬星」
「須佐」
「決定」
「ぇ、何だよそれ今日って神を「(じーっ・・)」・・・・・行くよ行きますよ行けばいいんだろ!?」
「取り乱さないでください風王、見苦しいですよ」
「蒼燈、顔が『ざまあみろ』って笑ってる」
「おや、そうですか? すいません、つい」
「ねぇ姐さん、最近須佐が反抗的なんだけどどうしたらいいと思う?」
「・・・そういう時は、」
「ちょっと待てお前今俺見ただろ」
「そういう時は?」
「沙鬼、俺アキにシカトされたの始めてかも」
「今日はそういう気分なんだろ」
「・・・・・なぁアキ俺シカトは地味に傷つくよ」
「そう」
「そうっておまっ」


「諦めなさい、今日はそういう日ですよ」

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