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小噺専用
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「――破却せよ」


 放たれた言葉は、凄絶な力となって群がる妖を蹴散らした。


「遅かったな」
「・・白銀の華[カ]は我が魂を辿り歪んだ闇より疾く還る。我が魂を蝕みし闇の名の下に疾く還れ。たゆたいし闇は汝に沿う。疾く還れ。汝が意志は我が魂に刻まれている」
「無駄だ」


 二匹の妖狼と共に境内へと降り立ったアサギは白鬼や異邦の妖などには目もくれず、矢継ぎ早に呪を紡いだが、イザを取り巻く呪縛を打ち砕かんとした力は暁闇によって無効化される。
 

「破却せよっ!」


 苛立ちと共に放たれた言葉が大気を揺らした。
 ビリビリと肌を刺す怒気に、白鬼はほくそ笑みながら暁闇を掲げる。


「じきに堕ちる」
「させないわ」
「人ごときが、我に牙を剥くか」


 印を結び、振り下ろされた腕の先で瞬く間に妖たちが塵と化した。


「堕神風情に彼女を穢させはしない」


 駆けつけた十二神将たちの言葉さえ、彼女の耳には届かない。
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「ツクヨミ」



 目覚めた時辺りは見知らぬ場所だった。
 影の中に潜んでいるはずのサクヤはいないし、傍らにいたはずのカゲツもいない。



「・・・」



 そしてツクヨミも。
 大体ツクヨミの異界で眠ったのだから、目覚めたとき全く知らない場所にいる訳がない。自分は月光華そのもので、その存在を守っているのはツクヨミノミコトとその両腕たる【暁闇】の生み出した狼たちなのだから。
 つまりここは夢の中。どこまでもどこまでも代わり映えしない景色が続くこの世界は、私自身が紡いだ幻想。
 代わり映えのしない、孤独で空虚なこの世界に私を閉じ込めたのは・・紛れもない私自身。



「満月、か」



 漆黒の空を見上げて小さく呟く。月の力を得るより前は、ずっとこうして空を――そこに浮かぶ金色[コンジキ]の月を――見上げていた。それ以外の物を見ようとも思わなかった。
 月はまだ金色。私が手に入れた輝きは銀。
 四肢を絡め取るように動き出した月光華の蔓に身を任せ、地面へと倒れ込んだ。



「出られない・・」



 焦るでもなく目を閉じ、イザは息を吐く。
 絡み付く月光華が力を増し、その花弁を朱に染めた。



「・・・」



 痛みはない。
 けれどただ無性に哀しかった。自分の心は自分自身を夢に閉じ込め傷つけてしまう程に病んでいる。その事実が。



 __トスッ



 唐突に現れた【黒蝶】が支えるものもなく落下し、地面に突き立った。
 視線だけを黒曜石の刃に向けイザはまた息を吐く。



「私が私を捕らえて放さない」



 どこからか現れた【黒蝶】で月光華を切り裂けば、目覚める事が出来る。



「私が私を傷つける」



 切り裂く事が、出来れば――



「月光華」



 たとえツクヨミが呼んでいても応えられない。私を捕らえたのは私自身で、私は心のどこかでまたこうして手の届かない月を見上げることを望んでいる。
 金の月が恋しくなる。



「この身滅ぼし共に眠るか」



 はっきりと紡がれた言葉に月光華の蕾が花開き、【黒蝶】の刃が瞬いた。



「・・疲れたんだね」



































 ――イザ



































 届かない呼び声が遠くから聞こえた。
「ツクヨミ」



 目覚めた時辺りは見知らぬ場所だった。
 影の中に潜んでいるはずのサクヤはいないし、一緒にいたはずのアサギも、カゲツもいない。



「・・・」



 そしてツクヨミも。
 大体ツクヨミの異界で眠ったのだから、目覚めたとき全く知らない場所にいる訳がない。自分は月光華そのもので、その存在を守っているのはツクヨミノミコトとその両腕たる【暁闇】の生み出した狼たちなのだから。
 つまりここは夢の中。どこまでもどこまでも代わり映えしない景色が続くこの世界は、私自身が紡いだ幻想。
 代わり映えのしない、孤独で空虚なこの世界に私を閉じ込めたのは・・紛れもない私自身。



「満月、か」



 漆黒の空を見上げて小さく呟く。月の力を得るより前は、ずっとこうして空を――そこに浮かぶ金色[コンジキ]の月を――見上げていた。それ以外の物を見ようとも思わなかった。
 月はまだ金色。私が手に入れた輝きは銀。
 四肢を絡め取るように動き出した月光華の蔓に身を任せ地面へと倒れこんだ。



「出られない・・」



 焦るでもなく目を閉じ、イザは息を吐く。
 絡み付く月光華が力を増し、その花弁を朱に染めた。



「・・・」



 痛みはない。
 けれどただ無性に哀しかった。自分の心は自分自身を夢に閉じ込め傷つけてしまう程に病んでいる。その事実が。



 __トスッ



 唐突に現れた【黒蝶】が支えるものもなく落下し、地面に突き立った。
 視線だけを黒曜石の刃に向けイザはまた息を吐く。



「私が私を捕らえて放さない」



 どこからか現れた【黒蝶】で月光華を切り裂けば目覚める事が出来る。



「私が私を傷つける」



 切り裂く事が、出来れば――



「月光華」



 たとえツクヨミが呼んでいても応えられない。私を捕らえたのは私自身で、私は心のどこかでまたこうして手の届かない月を見上げることを望んでいる。
 金の月が恋しくなる。



「この身滅ぼし共に眠るか」



 はっきりと紡がれた言葉に月光華の蕾が花開き、【黒蝶】の刃が瞬いた。



「・・疲れたんだね」
 何も無い闇の中に漂っていた。
 月光華が傷ついた華を捨て新しい蕾をつける度に意識が浮上する。
 そんな中で、哀しげな呼び声を聞いた。

「イザ」

 白濁とした意識はその声を捕らえはするけれど、そこから答を導こうとはしない。
 だから、ただその声に耳を傾けていた。

「イザ」

 こんなにも傷ついたのは初めてで、何もかもが追いつかない。

「イザ」

 早く目覚めなければと思っても、それが何故かは思い出せない。

「私の――」

 哀しまないでと、誰にともなく呟いた。
 艶やかな銀糸が流れ落ちた。

「まだ、続けるのか?」

 その声を独占したくないと言えば嘘になる。

「お前は私のためだけに咲いていればいい」

 けれど私は私でありたいと、

「私の月光華」

決して手の届かない場所にある月を求め健気に花咲く月光華そのままでありたいと、そう望む私は愚かなのだろうか。
 手の届く幸福を突き放し更なる幸を求める私を、貴方はどういう目で見ているのだろうか。

「私の――」

 貴方はいつか私を必要としなくなるのだろうか。
「もしかしてずっと待ってた?」

 かけられた声に顔を上げ、アサギは首を傾げる

「イザ?」
「声だけですよ、イザ様はまだ・・着きました」

 カゲツの声と共に白銀の汗衫が翻り、築地塀を飛び越えたイザが庭に降り立った

「冷えるよ、アサギ」
「今日は待っていたかったの」
「・・・カゲツ」

 ふわりとアサギを抱き上げ、カゲツはイザが押し開けた妻戸をくぐる 手早く着替えを済ませ、イザはアサギが横たわる茵の脇に腰を下ろした

「体の調子は?」
「大丈夫」
「だからって無理したら・・」
「大丈夫。無理じゃないから」

 ニコニコと笑いながらアサギはイザの袂をしっかりと握る
 それを視界の隅にとめ、イザは立てた片膝に寄りかかった

「なら、いいよ。おやすみ」
「おやすみなさい、イザ」

 夜がじわりじわりと深さを増す
「サクヤ、もういい」

 冷めた声で呟き、イザは片手を上げた。

「きりがない、一気に片付ける」

 風が、凪ぐ。

「その束縛解き放て、月光華」

 軽く握られた手の平に、細く月光が差し込んだ。

「来い。――黒蝶」
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