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小噺専用
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 ごろごろと喉でも鳴らしそうな勢いで擦り寄ってくるルシフェルを押しどけるべきか放置するべきか、咄嗟に考えてしまって俺は唇を噛む。考えなければ、俺はもう《ルゥ》として生きられず、俺が《ルゥ》でなければ、ルシフェルは傍に置かない。ルシフェルが執着する唯一の輝きを失ってしまった俺にとって、今の関係は蜘蛛の糸だ。
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 ただ生きたいように生きればいい。生きること自体が目的であり手段でもある。俺は、ただ生きているだけで叶えることが出来た。――彼女の望みを。

 耳元の髪をそっと掻き上げて、優しく目覚めを促される。まどろみの心地良さに沈みかけていた意識は緩やかに浮上した。
 目を開けても、そこには誰もいない。わかっていたのに落胆する心を持て余しながら辺りを見回した。
 白を基調とした、広い見覚えのある部屋。そこが王城の一室であると気付くのにそう時間はかからなかった。

「帰ら、ないと…」

 心細さが増す。どこを探しても大切な黒猫の姿はない。
 立ち上がった瞬間の違和感を無視して部屋を出た。早く帰りたい。こんな所にいつまでもいたくなかった。
 長い廊下を抜ければこじんまりとした中庭に出る。そこだけは王城に溢れる様々な魔法が無効化されていて、そこからなら、私はどこへだって行けた。

「――――」

 掲げた手の上に《次元の狭間》から一冊の魔術書が落とされる。遅れて落ちてきた杖で表紙を叩くと、ページは独りでにめくれた。
 練り上げた魔力を杖の先に集中させ、ゆっくりと魔術書へ流し込む。記された呪文に光が灯り、魔術が展開を始めた。
 黒猫の姿はまだない。

「どうして…」

 魔術が発動し、空間を飛び越える刹那、魔力の供給を絶たれ魔術書は地に落ちた。周囲に溢れていた膨大な魔力が行き場を失って、起こされた突風が髪をなぶる。ばさりと、しなるような音が背中を叩いた。

「ッ…!?」

 そして漸く、違和感の正体に気付く。

「リーヴ!!」

 弾かれるように叫ぶと、すぐさま世界が歪に歪んだ。夜の闇から凝るように現れたリーヴは私を見て、さも機嫌悪そうに眉間へ皺を寄せる。
 それでも、吐き出される溜息には幾らかの安堵が含まれていた。

「遅い」
「ごめんなさい」
「出るぞ。――長居は無用だ」
「わかった」

 私が気付いたせいで崩壊を始めた世界は、ひっくり返したパズルのようにバラバラとそのピースを落としてくる。空の欠片を手にとって、私は悪夢の終わりを宣言した。



「御用はなんですか、教授」
「まぁ座って。お茶を淹れよう」

 年期の入った杖の一振りで用意された紅茶は何の味もしなかった。

「暁羽・クロスロード」

 少しして、表面上柔らかい沈黙が破られる。
 足下に落としていた視線を持ち上げると、斜め前に教授が座っていた。

「蒼燈・ティーディリアス」

 部屋の雰囲気が、変わる。

「冬星・コールドチェーン」

 蒼燈と冬星は居住まいを正しグラブス教授に向き合った。

「君達《スキルニル》に仕事だ」



 世界は歪に歪んでいた。だから私が力を揮う。既に必然となりつつあるその行為の意味を問う者はなく、またそれすら必然であると私は現状を飲み下した。


 朝起きると、アルスィオーヴはソファーで寝ていた。あたしもよく転寝してそのままだったりするから大丈夫だとは思うけど、ベッドのこととか考えないと。あぁでもその前に師匠にあいさつ。



「おはようございます師匠」

 師匠はすぐに見つかった。朝はいつも書斎にいて、朝食へ連れて行くのはあたしの仕事。アルスィオーヴを放って行くのは気が引けたけど、時間的に仕方なかった。

「おはようアロウ。…いつもより遅いのね」
「すみません。寝過ごしました」
「アルスィオーヴは?」
「まだ寝てます」
「寝てる?」
「はい。それがどうかしました?」
「睡眠をとる魔族、ねぇ…」
「巨人族だって寝るじゃないですか」
「観察日記とかつけたら面白そうね」
「新しい課題に?」
「自由研究にしといてあげる」
「了解です」


「よかったのか」
「何が?」
「アロウとアルスィオーヴ」
「大丈夫でしょ、別に」

 少し冷めてしまったミルクティーに誘われた眠気に、瞼が下がる。寄りかかっていた体へ完全に体を預けると、ゆるゆる髪を梳かれた。

「グロッティはつけたし…」

 心地良さは増して、睡眠への欲求は俄然抗い難いものになる。

「私と、リーヴみたいに…なれるよ」
「だといいな。――おやすみ」
「おやすみ、なさい…」

 この平穏が途切れないことを、心から、

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