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「お前、当主にならないか」

 揺るがない視線に至極真面目な表情。醸し出す雰囲気にさえ冗談の色はない。素面で言っているのだとしたら、相当なものだ。その言葉の意味する所を、よもや当主自身が理解していないはずもないだろうに。

「本気?」
「勿論本気だ。お前にその気があるなら全部くれてやる」

 そもそも、緋星が当主になる事は不可能だ。

「当主を決めるのは銀の不死鳥だって聞いたけど」
「アズールが選ぶのはあくまで銀石だ。今までは緋星の不在が銀石を当主たらしめていたに過ぎない」

 当主の証とされる銀の不死鳥は契約者を選ばない。表向き誓約者と契約者、両方の力を持っている事になっていても、私の本質は契約者だ。最強の誓約者を見定め禁書を託す事を使命とする銀の守護獣が選ぶはずはない。

「それは分かるけど…それで貴女は何を得るの?」
「自由だ」
「…私が当主になったら、シルバーストーンは好きにして良いのね?」
「当然だ。当主とはそういうものだろう」
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 ザァザァと、音がする。降りしきる雨にも似た水の音。それはすぐそばで聞こえていて、その向こうから誰かが私を呼んでいた。
 それが誰かなんて、考えるまでもない事だけど。

「ルーラ」

 もう一度、今度はさっきより近くで呼ばれる。さっきより近くて、少しだけ不機嫌そうな声だった。

「…なぁに?」
「なに、じゃないよ」

 雨の音がぴたりと止んで、火傷しそうなほど熱い手の平が頬に触れる。驚いてびくりと体を揺らしたら、声の不機嫌さが増した。

「冷たい」
「…そう?」
「死人みたいだね」
「そんなに私の事殺したいの?」
「殺されるような事してる自覚は?」
「死なない程度になら」
「…よく言うよ」

 確かめるように濡れた髪を何度か梳いて、リドルは杖を抜いた。

「いい加減目を開けなよ」

 抜く、気配がした。

「でないと乾かしてあげない」
「このままでいい、って言ったら?」
「真水の次は熱湯のシャワーを浴びたい?」
「…きゃあ」
「でも、君の寝相が悪いのは本当の事だろう?」

 まだ言うか。

「ちょっと寝返りを打ち過ぎるだけじゃない」
「一晩に三度もベッドから落ちそうになるのが、ちょっと?」
「…なによ」
「なんでも。――これから買い物に行かない?」
「いいけど…何を買いに?」
「ビデオカメラ」
「私の寝相を撮るためなんて言ったら今夜は部屋に入れないからね」
「明日の朝、頭を抱える君の姿が目に浮かぶよ」
 感情の欠落した瞳に映る世界は何色をしているのだろう。――振り上げた剣を振り下ろす瞬間そんな事を考えた。答は誰かに聞くまでもない。彼らは人だ。私と同じように世界が見えているに決まっている。

「――私を怒らせたわね」

 手を当てた胸が熱を持つ。行動の浅墓さとは裏腹に言葉は冷静だった。何をどうすればいいのか、考える前に体が動く。心臓と同じ位置に埋め込まれた《災いの枝》に対して、言葉は必要なかった。
 もはや、私と彼女の意思に境は無い。私は彼女で彼女は私だ。私の意思は彼女の意思。またその逆も時としてあるのだから、私は衝動のままに力を揮う事を躊躇いはしない。

「魂に直接苦痛を刻んであげる」

 私自身を鞘とする《災いの枝》は、抜き放たれた瞬間その禍々しい力を顕にした。血色の刀身を艶やかに煌めかせる剣の纏う魔力が、何よりも強く場を支配する。呼吸さえ許さない圧迫感は、相手の力量次第でそのものが直死の凶器だ。

「天を統べる神ではなく私の名の下に、裁きなさいレーヴァテイン」

 たとえそれに耐えたとしても、振りかざされる刃から逃れる術は無い。
 シーリンが私を呼んで、私に笑いかける。――たったそれだけの事で呪いは解ける。《魔王》ラスティールはただのラスに戻って、他の何者でもなくなる。シーリンだけが、純粋に「私」という存在を肯定してくれるから。シーリンの側でなら、私は私でいられた。

「随分と、幸せそうに笑うんですね」
「…そう?」

 表情か緩んでいるという自覚はあったから、レイの言葉を否定はしなかった。肯定もしないのは、それが《魔王》ラスティールとして正しい反応だからだ。

「貴女がそんな風に笑う所を、初めて見ました」
「そう」

 レイに魔王としての笑顔を向けるのは容易い。それが難しいのはシーリンと向かい合った時だけだ。だからたとえ側にいても目を合わせさえしなければ、問題無く体裁を取り繕う事が出来る。

「幸せ、なんですか」
「だって、可愛いじゃない。あの子」

 《聖女》ラスティールと出会う前の《魔王》ラスは死んだ。――それが周囲の共通認識。ならわざわざ改めてやる必要はない。

「らーすっ」
「なぁに? シーリン」
「だっこ!」

 精一杯手を伸ばして見上げてくるシーリンを抱き上げて、抱きしめて、柔らかい髪をそっと梳く。くすぐったそうに笑ったシーリンはじゃれるようにすり寄ってきた。――嗚呼、可愛い。

「親馬鹿ですね」
「別に、うちの子が世界で一番だなんて言う気はないわよ? この子の可愛さは私だけが知っていればいいの」
「……そうですか」
「そうなのよ」

 レイは付き合いきれないと言わんばかりにこれ見よがしの溜息をついて部屋を出ていった。シーリンはそちらへ見向きもしない。この子はいつだってそうだ。

「シーリン、シーリン。早く大きくおなり」

 私だけを見て私だけを呼んで私だけを求める。周囲がどんなに世話を焼こうと、結局私以外の誰にも懐かなかった。私のシーリン。
 待ち合わせに、と指定されたのは小さな喫茶店だった。

「じゃあ俺行くけど、帰りはどうする?」
「この距離なら歩いて帰れるわよ。ジズもいるし」
「…それもそうか。――じゃ、遅くならないようにな」
「はーい」

 ついでだからとバイクで送ってくれたヴェルメリオとは店の前で別れる。遅くならないように、というのは危ないからではなくラスティールが耐えられないからだ。過保護で言われているわけではないから軽く受け流す事が出来る。

「ラスもあれくらいのノリでいてくれたら楽なのに」
「キュイ?」
「…今の内緒ね」
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