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小噺専用
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「サクラ姫の羽根を持った領主、ね」
「聞かれますよ」
「誰に?」



 庇で柱に寄りかかりながら「Bloody moon」を煽っていたカーティアは、姿を現したヘルガにさして気にしたふうもなく「君こそ見つかるよ」と警告ともつかない言葉をかけた。



「見つかると困りますか?」
「いいや」



 事も無げに首を横に振り、空になった杯を満たす。



「別にどっちでもいいんだよ」
「・・・」



 その様子を庇に立ったヘルガは必然的に見下ろすような形になり、凝視してくるその視線に気付くとカーティアは紅い液体で満たされた小瓶を庇に置いた。



「ヘルガ?」



 俯けていた顔を上げ、心持ち首を傾ける。



「戻りましたね」
「何がだい?」



 漆黒と見紛う程に深い紺色の瞳に映る自分の姿を目に留め、ヘルガは軽く目を伏せると緩く首を振った。



「何でもありません」



 そして音もなくカーティアの中へと戻る。
 残されたカーティアは小さく笑いを噛み締めながら目を細めた。



「そうかい?」



 全てお見通しだと言わんばかりの視線はどこかここでない遠くを見つめているようで底知れない。
 掌中の杯から「Bloody moon」が消え失せると小瓶ごと杯を消し、カーティアは柱に寄りかかったまま片膝を立て、そこに腕を乗せると目を閉じた。



「じゃあそういうことにしておこうか」



 意識は漆黒の海へ。
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「ヘルガ――?」



 嗚呼、なんて単純な体。



「いないの?」



 ほんの少しの眠りで、



「ヘルガ」



 また血を欲し疼き出す。
「で、お前は誰だよ」

 異世界へと旅立つ直前現われさも当然の様に旅に同行する女。
 向けられたあからさまに不審がっている視線をさすがに無視することはせず、開け放った窓に腰掛け外を眺めていたイヴは室内を顧みた。

「僕?」

 僕は・・

「ウィッチクイーン」

 イヴが再び口を開くより早く、モコナを膝に乗せたままファイが口を開く。
 イヴはどこか楽しむような色を瞳に乗せ、クロガネはファイに向き直り必然的にイヴから顔を背けた。

「なんだそりゃ」
「ウィッチクイーン。死竜狩りの女。皇竜の継。フハイの王。――全部僕の呼び名だよ。でも君達に呼ばれるなら?イヴ?の方がいいな」

 すらすらと流れ出る異名にクロガネは顔を顰める。
 他にも色々呼ばれてはいるらしいんだけどね。小さく付け足すように呟いて、イヴはまた窓の外に視線を戻した。

「ちなみにフルネームで言うとイヴ・リース。リースって呼ばれるのはあんまり好きじゃない」
「・・よく喋るやつだな」
「そうかな? まぁこういう時じゃないと話すこともないだろうしね」
「ここは・・」

 ふわりと危なげなく地に降り立ちイヴは空を仰いだ。
 ビルの間から覗く光りは夕暮れの紅[アカ]に染まり、その色はつい今朝方までいた世界と酷似している。

「・・・ソラタ!」

 背後で到着したばかりの世界に視線を巡らせる二人には見向きもせず、肩に飛び乗ってきたモコナを払い落とすこともせずイヴは目の前の建物へ向け叫んだ。

「ソラタ! いるんだろ、さっさと出て来い」
「――イヴさん!?」

 ドタドタと階段を駆け下りる音。次いで耳朶を打った乱暴に扉を開く音ににっこりと見惚れる様な笑みを浮かべる。

「なんでまた・・」
「ユウコの所から来た。中に入れてくれないかな、僕と――」

 そこまできて初めて相当な時間共にいることになるであろう?仲間?を振り返り、イヴはソラタと奥から顔を覗かせるアラシに背を向けた。

「彼等を」
「――やっと見つけた」



 何も無い場所から現われたその人は私を真っ直ぐに見つめ、柔らかい笑みを浮かべていた。



「だ、れ・・」



 誰もが見とれるような笑み。だけど、私の中に広がるのは否定しようのない戦慄。
 助けて。誰にともなく救いを求めた。



「おっと」
「っ」



 何気ないその声が出現しようとしていた力を押さえつける。
 心臓に素手で触れられたような痛みに、私は膝をついた。



「ふぅん、この世界には?力?があるんだね」



 自身の力ではないようだけど。



「僕はウィッチクイーン。君はイヴ? イヴ・リース?」
「は、い・・」



 まるで操られているかのように私の体が意思に背く。
 そう。音もなく地に足を付け、髪の長い女――ウィッチクイーン――は私に一歩近付いた。



「すぐに見つかってよかった」



 コツコツとブーツの底が音を立てる。
 恐怖に染まったはずの思考は、何故か冷静に全てを達観していた。



「そろそろ時間だったんだ」



 私の目の前で立ち止まり、ウィッチクイーンは膝を折る。
 左手にしていた黒い手袋は抜き取られ、温もりの感じられない手の平が、私の頬に添えられた。



「おやすみ。呪われし死竜」



 世界が終末を迎える。
「・・・あはっ」

 場違いな、笑い

「うそだろ・・」
「ウソジャナイサ」

 とめどなく溢れる鮮血に手をひたし、ウィッチクイーンはふわりと宙に浮き上がった

「君は見事僕に怪我を――いや、僕の腹に風穴を開けることに成功した」

 爪先は、地面から30センチほど離れている

「でも、まだ足りない。それどころか、君は最大のミスを犯した」

 ダッテボクニケガヲオワセタ

「僕を殺すつもりなら」

 ダッテボクニチヲナガサセタ

「一撃で、クビヲハネナケレバナラナカッタノニ」

 黒く染まる
「本当に」
「――何が?」

 水音が絶えない

「なんでもありません」
「・・・?」

 ぴちゃぴちゃと、粘着質な水音が

「じゃあ、行こうか」
「はい」

 ねじる事無く、環を繋ぐ
 断ち切った環を、ねじる事無く
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