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「見つけた・・」



 歪んだ時計に入ると共に制限を受けた力。見えない世界。
 洋風の落ち着いた部屋で一人眠るイヴリースを漸く探し当て、ジブリールは音もなく部屋に踏み込んだ。



「イヴ、」



 ここはとても居心地がいい。――けれど、哀しすぎる。



「あの人を見つけてあげて」



 全ての光景が否応なく心の中に飛び込んできた。
 この世界に足を踏み入れた途端、知識として知っている全てが一瞬で色褪せたような気さえする。
 言葉という表現方法はあまりに幼稚すぎた。全てを褒め称える心と、哀しみの奔流がせめぎ合う。
 精神[ココロ]を切り離した知識であるはずの自分でさえ、こんなにも胸を締め付けられる。



「イヴ」



 なら、この世界を創り出したあの人は?



「こんな・・「あいつは、」



 全の指輪を持つ、その指輪を持つに相応しい唯一の人は?



「ずっとこんな風に世界を見つめていた」
「っ」



 苦しすぎる。



「これが暁羽の存在する世界。暁羽の主観する、決して美しく楽しいばかりではない現実」



 知識である私でさえ、



「耐えられ、ない」
「大分引きずられてるな、ジブ」
「平気なイヴがおかしいのよ。あの人の世界で、あの人に紡がれた私達、が・・」



 同じ、よう・・に?



「気付いた?」



 零しかけた言葉を呑みこみ、息を呑んだジブリールにイヴリースは不敵な笑みを向け漸く重い腰を上げた。



「これが私と暁羽の世界だ」



 神の能力、イヴリース。
 混沌[カオス]より生まれ全てを創り破壊する事を選び取りし白銀の闇。



「・・・特別、ね」



 そしてあの人の特別。
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「――・・やば」



 唐突ですが引っ越しました。



「寝過ごしてる・・・よね」



 学校からも程近いそこそこリッチなマンションです。



「目覚ましかけわすれたー・・」



 ちなみにお隣がカナタ。



「かけてましたよ」



 同居人は、



「自分で止めてましたけど」



 ショウです。



































「何で起こしてくれなかったのよ!?」
 まぁいいや、サボろう。



「諦めが早すぎませんか」
「人間引き際が大事」



 咎めるような声のショウを仕草だけで追い払い、もう一度二度寝しようと枕に懐いた。
 ぱたんと扉の閉じる音がして、午前中は寝倒してやろうと心に決める。



「ハルカ」



 でも、



「またサボり?」



 この場所で聞くはずのない声を聞いて、



「何で不二がいるの・・」



 自分の目を疑った。
 勉強用の椅子に腰掛けた不二はジャージ姿で、顔に貼り付けたのはいつもと変わらない笑み。
 思わずもう一度時計を見直した。



「副部長が朝練に来てないってぼやいてたから」
「それは不二が私を呼びに来た説明にしかなってない」



 私が聞きたいのはそんな事じゃなくて、



「ハルカの携帯が繋がらなかったから」
「から?」



 もっと重要な事で、



「カナタちゃんに聞いた」



 ・・・カナタの大馬鹿野郎。



「電話したらカナタちゃんがマンションの場所と部屋の番号教えてくれて、ハルカを迎えに行くって言ったら下で待ってて開けてくれたよ」



 結構セキュリティのしっかりしたマンションだね。



「ありえない・・」
「カタナちゃんもハルカがそう言うだろう、って言ってたよ」
「それを想像するのがおかしくて仕方ない、って?」
「あたり」



 なんて忌々しい妹。



「不二、学校は?」
「ハルカと一緒だよ」
「朝練出たの?」
「朝練はね」
「朝練出てサボってるの?」
「うん。ミイラ取りがミイラだね」



 っていうか何であんたはそんなに笑ってられるのよ。
「――珍しい客だな」



 静寂の中落とされた声にジブリールは手元の本から視線を上げた。



「客?」
「あぁ、・・その様子だと気付いたのは私だけか」



 薄暗かった室内に光源のない明かりが灯る。
 テーブルの上に音もなく現れた二人分のティーセットに、ジブリールは小さく寝息を立てているイスラフィールを連れて姿を消した。



「嫌われてるのかな?」



 ふわり。



「気が利くだけさ」



 頬を撫でたのは心地いい風。
 一人掛けのソファーに腰を下ろし、前触れもなく現れた少女は微笑んだ。



「初めまして、イヴリース」



 肩を流れ落ちるのは漆黒の髪。



「今更そんな挨拶いらないさ」



 真っ直ぐに見つめてくるのは黒曜石の瞳。



「こういうアソビは好きだったと思うけど?」
「相手がお前じゃぁな」



 初めて会う、けれど良く知った――悪く言えば知りすぎた――相手に、イヴリースはどうしたものかと肘掛に頬杖をついた。



「やりにくい事この上ない」



 知りすぎて、知りすぎて、逆にどう扱えばいいか決めかねる。
 まさかこんな形で会うことになるとは思わなかった。――そしてきっと自分の思考もお見通しなのだろう、この相手は。



「大丈夫」



 テーブルの上のティーセットがひとりでに動き出す。
 甘党な少女らしく多めに入れられた砂糖に、苦笑した。



「そうだな、お前相手に何をしようと通用しない」
「そういう意味じゃないよ。まぁ、そうだけど」



 それ以前に何もする必要がない。彼女は、いつも自分たちのことを考えてくれている。



「それで? 雑談でもしに来たのか?」



 目の前の少女の頭の中は自分たちのことばかり、自分たちがこの後どんな運命を歩むか、どんな障害につきあたるか、それをどう乗り越えるか。



「そんなに暇じゃないよ、私」



 猫舌にはまだ熱い紅茶を眺めながら、少女は眉を寄せた。
 けれど視線だけは動かないのだから面白い。思わず逸らされたイヴリースの視線に気付き、少女はカップをテーブルに戻す。



「でも、まぁ・・雑談もいいよね、イヴたちとなら」
「ジブが喜ぶ」
「イヴは?」



 冷まそうと思えばすぐにでも出来るのに、少女は自分だけの特権を行使しようとはしない。
 けれどそれはイヴリースたちにも言えることだった。比類ない力を持っているからこそ、力ない人間の真似事を好む。



「さぁな」



 不敵に微笑んで見せたイヴリース。少女は笑った。



「その笑い方大好き」
「そうだろうな」
「イヴの髪もイヴの目もイヴの手も、全部好き」
「知ってる」



 貴女の全てが愛おしいのだと、少女は言う。
 そんな事とうの昔に知っている。愛されていないわけがない。



「イヴは?」
「ん?」
「私のこと好き?」
「あぁ」



 それはジブリールもアズライールも、きっとイスラフィールだって同じ事。



「言葉では言い表せない程愛してる」



 そして何があろうと変わらない。
「何で泣かないの?」
「だって――」



 泣けないんだもん。
 昼食は屋上で。
 それが暗黙の了解。あそこは私とララの特別な場所。
 ここは私達の学校でも、私達の住んでいた世界でもないけれど、



「――ララ」



 貴女は貴女だと信じてる。
 黒くて長くてサラサラで、羨ましいほどの黒髪は銀色に輝いていた。
 物語の比喩そのままの黒曜石の瞳は、息を呑むアイスブルー。



 サメタメノアナタヲワタシハシラナイ



 温かく笑って。
 また私がバカなこと言うから、仕方なさそうに私の隣で笑って。
 貴女を彩る色彩が変わっても貴女は貴女だから、私のララだから。
 だから一人にしないで、



「バカララ・・」



 貴女を追いかけてこんな所まで来たんだよ、私。
 屋上で一人きりなんて嫌。二人でフェンスに寄りかかりながらお昼にしようよ、そうしたらどんな世界でも二人の日常が戻ってくる。
 元の世界に帰れなくてもいい。だから側にいて、側にいてくれなきゃ・・



「どうしていないのよっ」



 また逢えたと思ったのに、目覚めれば一人。
 一度逢ってしまえばもう今の〝仲間〟に魅力を感じない、貴女ほど私を分かってくれる人はいない。いままでもこれからも。



「ララ・・」



 どうすれば貴女と離れずに済むの。
 ぐらりと重力に従って傾いた体に手を伸ばし、思わず叫んだ。



「フィーラっ!!」



 いつかは訪れると分かっていたはずなのに、心はこんなにも頑なに現実を否定する。



「フィーラ。起きろよ、フィーラ・・フィーラ!!」



 神なんて信じないと全てを知ったとき誓った。
 その上で全てを受け入れると約束した。でも、これは・・



「フィーラ・・」



 早すぎる。
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