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「絶対籠から出るなよ?」



 梟用の籠で窮屈そうに身じろぐスノゥにそう釘をさし、籠の上から目晦ましの魔法をかけた。



「見つかったら見捨てるからな」



 犯罪者はごめんだ。



「シフ」
「・・大丈夫だって、もし本当に見つかったら見た奴全員の記憶を抜いて籠に鍵をかける。それで文句ないだろ?」



 だからその非難がましい目はやめろ。



「スノゥにはかけられないの?」



 ・・・その手があったか。



「試してみるか?」
「――試す?」
「アイスドラゴンなんて生き物に試した事ないからな、案外やってみると面白い事になったりして」
「・・・貸して」



 冗談だって。
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『へ?』



 あまりにも唐突で今更な問いに、俺は思わずちょっかいを出していた防壁迷路に足を引っ掛けた。



『・・・・あちゃー』



 けれど面倒な事になる前に誰かの手が、俺を生命の危機ちっくな危険から引き上げる。



『何やってるのよ』
『我等がジャンヌ様はご機嫌麗しゅう?』
『退屈よ。それに、そんな名前で私を呼ぶのはジルドレイだけで十分』



 オルフィーラ。ケルベロス曰く「聖女」であるジャンヌ・ダルクが、そこにいた。
 退屈と言うわりには楽しげに微笑し、体中に凝った細工の装飾――なのに全てが彼女に調和しているように思えるのは、その存在が特別だからなのだろうか――を身につけたオルフィーラは優雅に肩の髪を背へ払う。



『素子がさ』
『・・あぁ、あの物好きな子』
『あんたほどじゃないって』
『それで? あの子がどうしたの』




『俺に「名前は?」って聞いてきたんだよ』



『・・・・』
『でさ、驚いて思わず防壁迷路に、こう・・』
『あの子、名乗りもしない貴方に脳潜入許してるの? 呆れた』
『許してる、って言うけどさ、実の所素子に拒否権なんてないじゃん』
『・・・はぁ』
『何だよその溜息』
『なんでもないわ』



 くしゃりと俺の頭を撫でて、オルフィーラはそのまま何の前触れもなく姿を消した。



『気になるじゃん』



 残された俺は撫でられた髪を押さえつけながら、途切れてしまった繋がりを捜す。
 防壁迷路に引っ掛かった瞬間思わず電脳通信を切断してしまったけれど、気紛れな俺はよく急にふらりと消えることが多いから、きっと素子は気にしてない。



『ぉ、いたいた』



 素子と俺とを繋ぐそれは、イメージ的には海の中を漂う一筋の光。
 さっきまでいた場所から動いていない素子の電脳に飛び込んで、いつもの様に声を上げた。



『たっだいまー』



 情報の海に自然発生した俺に名前なんて物はない。



『なぁなぁ素子、素子サン』



 だけど不便だって言うなら好きなように呼べよ。お前が呼ぶなら、それはきっと俺の本当の名前になるから。



『俺に名前付けてよ』



 そして俺はただの「ネットの人」から一人の「ネットの人」になって、また新しい世界を知る。



































 俺が生まれ変わるその瞬間、全ての人が幸福であらんことを。















(「オルレアンの乙女」ってジャンヌ・ダルクの異名なんだぜ)
(受容されてなきゃ長時間の脳潜入なんて面倒なだけよ)
「ちわーっす」



 一見誰もいないそこは、宝物の墓場。



「今日は早いんだね」
「ちょっと騒ぎすぎてさー、追い出されちゃったんだよね」
「それは大変だ」
「そうそう、帰ってからご機嫌取りしないと」



 階段の途中に腰を下ろして、何をするでもなく天井を見上げて、



「そういえば――」



 紡がれかけた言葉を最後まで聞く事無く、俺は意識を海へ放した。















(強いて言えば悪友)
 とめどない、それは数多の情報。
 意識せずに「全て」が入ってくる感覚は、どことなく冷たい。



 そう、冷たいのだ。



 だから俺はさりげなく感覚を閉ざす。
 徐々に徐々に、入ってくる情報を制限して、ゆるやかに自分の首を絞めていく。
 やめろ。危うい存在を警告するケルベロスの言葉も、結局は無視した。



『だーってさぁー』



 きっと俺はこんな冷ややかなものを知る為に生まれた訳ではなくて、きっともっと温かなものを得るために生まれてきたはずで、きっともっと温かなものがこの世界にはあるはずで、



 けれど俺はそれを知る前に消える。



『なんてあっけない』



 オルフィーラの嘲笑がどこか心地良く聞こえた。



































 ――・・・



































『・・・?』


 ありえない。
 俺の感覚は今ギリギリまで絞られていて、滅多な事がない限り、ケルベロスとオルフィーラ以外の声は届かない。



 けれど確かに聞こえたんだ。



 とても哀しい声。
 大切なものを自分の手で壊してしまった哀しみが、冷ややかな情報と共に俺の中へと流れ込んでくる。
 情報は冷たい。けれど、その哀しみは温かかった。



『泣くなよ』



 だからなんとなく感覚を開いてその声の主を探した。
 広大なネット世界でその幼い声は目立つ。
 だって俺のもとに電脳化しただけの人間の声は届かない。最低でも体の半分は義体化していないと、どうしても冷めた情報に音を持った声が掻き消されてしまう。



 ねぇ、あんたはどこにいるの?



『誰?』



 情報の海で凍えた俺を癒す温かな涙の主を、



『誰か・・いるの?』



 俺はその日確かに見つけたんだ。



































「ねぇ素子ー、俺ひまぁー」
「報告書はどうしたの」
「そんなのもう終わったよぉー、提出したよぉー」
「それで?」
「遊び行こうぜ!」



 でもさ、いくら温かくてもその涙は二度と見たくないと、確かにその時思ったんだよ。















(君の笑い声を、聞かせて)
「ヘルガ――?」



 嗚呼、なんて単純な体。



「いないの?」



 ほんの少しの眠りで、



「ヘルガ」



 また血を欲し疼き出す。
 いつかは、全てが終わると知っていた。



『フィーラがコード:Dを発動しました』
「・・・そうか」



 浅はかにも俺は、どうにかすればそれが止められるのではないかと思っていた。



「フィーラは?」
『未だレヴァテインガンダムと交戦中。ネットワークを切断している為、通信は不能です』
「フィーラ・・は、何か言ってたか?」



 微かな希望にすがり付こうとしていた。



『いいえ』



 重すぎるその運命を突きつけられた本人は、



「そう、か」



 あんなにも真っ直ぐに現実を受け止めていたのに、



「悪い、しばらく操縦代わって・・」



 こんなにも、この世界を愛しているのに、



『了解』



 お前さえいてくれれば俺は平和なんて要らないんだよ。
 たとえそれが全てを殺すことになったとしても。



「フィーラ・・っ」



 どうか無事で、俺たちの運命の女神。

「・・・キッシュ」



 コード:D、発動。



『――了解。コード:D発動、ホープ全モニター及びセンサーシステムを切断。精神感応[ペルソナ]システム、起動。これより30秒後ホープの全ネットワークを切断。――フィーラ』
「うん」
『必ず帰ると約束して下さい』





「ごめんね」




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