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 あるかないかの視線がくすぐったくて振り返ると奇妙なものがいた。

「ちゃおっス」
「…Ciao」

 スーツを着た二足歩行の赤ん坊。自分がまともじゃない事は自覚してるけど多分こいつほどじゃない。
 なんだこれ。

「バタフライラッシュだな」
「…なんだ? それは」


----


 ぐいぐい押されてひっくり返る。

「重いよ」
「軽けりゃいいのか」
「駄目」

 時間ギリギリまで我慢してくれたと知っているから引き止めたりはしない。さっさとベッドを下りて寝室を出て行く背中を見送って、溜息をつくのも扉が閉まってから。枕を抱き込みながら上掛けに潜り込んで肺が空になるほど深々と。

「…重くない」

 寧ろ軽いくらいだ。


----


 物騒な町だとは以前から思っていた。だけど限度というものがある。

「なんでヴァリアー」

 それでなくとも殺し屋の密度が高いものを、この上独立暗殺部隊だなんて冗談としか思えない。でなきゃ夢だ。悪い夢。

〈詳しい情報はまだ入ってこないの〉
「…いや、知らせてくれただけで充分だ。ありがとう」

 いっそ面倒な事になる前に全員殺してくれようか。

〈また何か分かったら連絡するわ。――Au revoir〉
「Merci, Au revoir」


---


 恭弥に知られたら厄介だと思った途端これだ。

「なんで跳ね馬」
「知ってるの」
「…顔と名前と経歴くらいは」
「いいね。――楽しめそうだ」


「誰だ?」
「ファルファッラ」
「お前があの!?」
「何、君そんなに有名なの」
「お前ひっどいな」


「本物か?」
「試す?」
「いや…」
「僕の獲物だ」
「わかってるよ」


----


「恭弥!!」

「おま…――いつからだ!!」
「うるさいな…そんなのどうだっていいだろ」
「よくない!」
「よくなくない。僕は困らない」
「困らなくったって…」

「なんの話だ?」
「こっちの話」「黙れ駄馬」


「もう諦めなよ。今更どうしたって同じだ」
「……」
「リナ」
「君のせいじゃない」
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 校門の脇にとめた車に寄りかかって煙草を吹かしていたら、待ち人より先に沢田が出てきた。

「Ciao」
「あ、こんにちは、リナさん」

 声をかければ小走りで寄ってくる。

「一人なんて珍しいな」
「山本は部活で、獄寺君はダイナマイトを仕入れてくるって朝から…」
「よくあるのか?」
「たまにですけど」

 小動物だ。

「リナさんは雲雀さんを待ってるんですよね?」
「いや別に」
「え? でも…」
「喧嘩したから嫌がらせで男子中学生の目の保養になりにきてるんだ」
「……うわぁ…」
「でもお前が一人なら丁度いい。沢田、ちょっと付き合え」
「えぇっ! 俺がですか!?」
「私の車、二人乗りだからな。駄犬と天然がいなくてよかった」
「駄犬と天然って…」

「風紀には構うなって言っておくから」
「…普通に入ってきていいのか?」
「こそこそされると鬱陶しい」
「わかった」
「まぁ、君なら放っておいても上手くやるだろうけど」
「中学生相手に上手くも何もないだろ」
「よく言うよ」

 どういう意味だそれ。

「…跳ね馬?」
「カリフォルニア!」

 ちょっとしたパーティーに行く足として用意したのは真赤なフェラーリ。目に痛い色だけど今日はこのくらいで丁度良い。目立てば目立つほど仕事は楽しくなるばかりだ。

「いつも乗ってるブルーシルバーのやつは?」
「お気に入りをこんな日に使うとでも?」
「それならいいんだ」
「いいの」

 ぶち壊しに行くパーティーへ愛しの458で行くほど馬鹿じゃない。

「だって跳ね馬のだし」


「…平和だ」

 涙ぐみながら沢田が呟くので、私は「平和ね」と殊勝にも同意した。けれど「平和」と称するには部屋の中がとんでもない事になっている。ガラスというガラス、家具という家具は破砕され、まるで暴風でも吹き荒れたような有様だ。確かに「今」が平和である事は事実だし、守護者同士の頂上決戦が部屋一つ分の被害で済んだのならまぁ平和的解決だと言えない事もないかもしれないが。

 は、と唇を食まれて、にわかに呼吸が止まる。目を閉じる事も忘れてただ動けないでいると、不意に目を開けた恭弥と視線が絡んだ。はっと息をした拍子に視線以外のものも絡まって、そもそもなかった距離が更に縮まる。

「んっ…」

 ソファーの背もたれに沿って仰け反ると、それを追って恭弥は膝に乗り上げてきた。閉じ込めるよう頭の両側に肘をついて、けれど直接頭を抱え込もうとはしない。それが試されているように思えて、どうしても顔を背ける事が出来なかった。

「――は、」

 丁寧に探るよう、ゆっくり口の中を舐め回されて普段なら考えられない早さで息が上がる。

「息、すればいいのに」

 ようやく唇が離れてから、それでも鼻先が触れ合うほどの距離で恭弥は呟いた。その声が他意のない、酷く純粋なものだったから逆に居たたまれない。
 恭弥が常の調子なら、私だって呼吸のタイミングくらいはかれる。だけど不意打ちでこんなのは卑怯だ。

「…顔、まっかだよ」

 お願いだから優しくなんてしないで。

「あんなのと並びたくない」

 至極真面目にそう言うと、恭弥は「気が知れない」とでも言いたげな顔をした。

「そういう事、気にするの」
「あそこまであからさまなのをどうやって気にするなと!」

 思わず大きな声を出すと迷惑そうな顔をする。
 そりゃあ恭弥は気にならないだろうけどね!

「しばらく学ラン着てこようかな…スカート寒いし」
「男に見られるのはいいわけ」
「女として比べられるよりよっぽどね」
「…わからないな」
「そうでしょうよ」


「僕が気にしないって言ってるんだから君も気にしなければいいのに」


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