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小噺専用
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「さいあくー、もうこれ以上ないって程さいあくー」
「降りてもいいよ? 嫌なら」
「・・・あんたそれ本気で言ってるでしょ」
「? 僕はいつも本気だけど?」
「一回脳味噌洗浄しなさい」
「やだなぁ、脳に神経はないけど精神的に痛そうだ」
「そーいうこと笑顔で言うあんたなら絶対大丈夫」
「君は泣き喚きそうだよね、痛くないって解ってても」
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「な、によ・・これ、ハルカ!?」
「全てさ、この世界の」
「これが全てだって言うの? こんな、こんなものが・・」
「言うよ。紛れもない、これが僕の祖父が作り上げた全てなんだから」
「じゃあ『蝶』はどうなるの? この世界の全てが記されたオーパーツ。これがこの世界の全てだって言うなら、『蝶』は」
「『蝶』なんてもの初めから存在しない。ただの御伽噺さ。でも・・そうだな、君が探していた『蝶』はこれだ。間違いなく」
「世界の、全て・・」
「いつしか御伽噺は実体を持った。祖父が考え僕が作り出したんだ。――全てを統治するネット世界の第三層・カオスとして」
「フザケルナ」

 感情もくそもなく吐き捨てたあいつは一瞬でアレとの距離を詰めた

「お前ごときじゃ俺は殺せない。俺を不機嫌にした事死して償え」

 あいつのセリフが終わる前にアレは細切れにされ、俺は一歩後退さる
 ジャリッと音を立てた砂利に舌打ちした。今のあいつなら俺の存在に気付きかねない

「・・・あぁ、そんなとこにいたんだ」

 背筋が凍る
 アレを殺った時とはうって変わって、あいつはゆっくりと、一歩ずつ俺に近付いた

「俺のものにならないなら殺すよ、誰であろうと。だって今までそうしてきたんだ。俺のものにならないのなら必要ない。――そうだろ?」

 狂ってる。いや、そんな事とっくの昔に気付いてた。ただ俺がこいつの側にいたいから気付かない振りをしていただけ、おまえのものにならない? それこそふざけるな。俺は出会った時からお前の全てに囚われ身動き一つできなかったのに

「バイバイ」

 恐怖に絞められた喉は声一つ上げない
 目の前は真っ赤に染まり、落下する視線の先俺はありえないものを見た

「俺もすぐに行くよ」

 血も涙もない奴だと思ってた。でも・・

「――まってる」

 そういえば、こいつもケガすりゃ血が流れたか
「――」

 近くで響く声を意識して思考から追い出すと、ヴィアは壁に寄りかかり目を閉じた
 足は投げ出したまま、手はコンクリートの上に落とし、できる限り外界を拒絶する

「これはお前のか」
「・・・・あ、うん」

 かけられた声には、反応できる程度に

「探そうと思ってた」
「穴の近くに落ちていた。大切なものなら気をつけろ」
「頑丈だから・・・ありがとう」

 受け取った鞄を起こした膝の上に置き、背を丸め縮こまるようにしてヴィアはまた目を閉じた

「すぐに迎えが来る。準備しておけ」
「私も、行くの?」
「そうだ」

 鞄の側面に施された銀の装飾がひんやりとヴィアの体温を奪う
 いつまでたっても温もらない、凍てついた美しさと例えられたそれが今はただ心地いい

「わかった・・」

 狩りをしていいのは月の出ている間だけ、月が沈む頃家に戻って、日が昇ったら動かない。動かないで
 でもそう言われた時から随分経つ今は夜も明るい。星の光はビルの明かりにかすみ人々は空を仰ごうともしない。なら、月が出ていようといまいと関係ないではないか

「来たぞ」
「・・・」

 でも、私は夜しか狩りをしない
「何者だ」
「・・誰」
「何者だと聞いている」

 髪から滴る鮮血を振り払いヴィアは空を仰いだ
 じっとりとした暑さが体を包み汗を誘う
 誰。なんて、それはヴィアが一番知りたい事だった

「私はそんな事教えてもらわなかった」
「翼手か」

 よく、しゅ

「違う。だって、翼手ってこれでしょ?」

 グチャッと足下の肉塊を踏み潰しながら問う

「こんな知性のない化物と一緒にされるのは、不快」

 建物の中にこもった血のにおいがまた強くなった
 明り取りの窓から差し込む月光にさらされ全身の鮮血が鈍く輝く
 足元の血溜まりに向けていた視線を上げ、ヴィアは目の前に立つ男に問うた

「貴方、誰?」

 影の中に立つ男は銃を構えたまま動かない
 人間――ヴィアにとって敵、あるいは餌――でないものは狩ってはいけないといわれた
 数ばかり多い人間を狩っては血を望む人間に狙われる。なによりも人間は食べられないから殺してはいけない。自分で食べる分だけを殺しなさい。でも――

「名乗る義務はない」

 人間は翼手になる

「そうだね」

 翼手になったら狩っていい。なってなければ狩ってはいけない
 小さく頷き、ヴィアは唇の血を拭った
 姿では分類する事はできないけど、人間の姿のときに狩ってはいけない。もし狩るとしても決して人に見られてはいけない。もし、見られた時は

「ねぇ、貴方は私を殺す?」

 羽織っていたコートを落としながらヴィアは月下を離れる
 銀色に光る銃がその動きを追い、伸ばされた指が引き金にかかった

「見られてはいけないと言われたの、絶対に。でも見られた時は見た人全員を殺しなさいと言われたの。でも、もうその言葉を守らなくてもいいから、貴方が私を傷つけないなら私は貴方を殺さない」
「・・・」
「私を傷つけないなら銃を下ろして? 下ろさないなら、私は貴方を殺すから」
 血にまみれた手を月に翳し、目を細める
 べったりと体中に付着した血に感じるはずの不快感は、もうずっと前になくしてしまった

 月が出ている間だけ、太陽が出る前に戻るの

 随分と長い間私にそう言い聞かされてきた、あの人は何年も前に動かなくなった

 私が唯一、?アレ?以外で手にかけた人

 本当はいけないことだとわかってる。でも、あの人は殺さなければならなかった
 私に戦いを強要する人。必要のないはずの物でしか生きられない体に私をした人
 大好きです。愛しています。だから永遠に私の中で私を怨み続けてください

「きれー・・」

 私が生きることが、貴方を生かすことだと信じています
 不意に、それまでひたひたと響き続けていた水音が消えたことに気付いた
 ギィッとさびた鉄のすれる音がし、コツコツとヒールが石床を叩く

「殺してきなさい」

 何を言うでもなく立ち上がり、目を開けた
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