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 世界を閉ざす事は簡単だ。私が何もしなければ、ラスティールは喜んで私の世界を閉ざすだろう。私とラスティールしかいない世界。そこには傷みも苦しみも哀しみさえなくて、ただもどかしいほどの優しさだけが私を包む。
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「いつからですか」

 感情を抑えようとし過ぎて、レイの声は抑揚を失くしていた。

「いつから…」
「ずーっと、よ」

 瞬き一つする間もなく、ラスはラスティールに戻って悪びれもせず答える。

「ずっと?」

 レイの反応は私の予想と違っていた。

「えぇ」

 予想通りなのはラスティールの態度だけだ。

「ずっと、隠していたんですか」
「隠すつもりはなかったわ。ただ、貴方が気付かなかっただけ」
「同じ事です!」

 怒りで今にも魔力を暴走させそうなレイが何を言おうと、ラスティールは意に介さない。
「……あ、」
「なに」
「甘い」
「え…嘘、やめてよ」
「嘘じゃない。…甘い」
「ちょっ、吸わないで吸わないで吸わないですわっ――…なにこの手」
「逃げないように」
「逃げるような事する気なの」
「うん」
「泣くわよ」
「止まらなくなるけど」
「……」
「……」
「どいて」
「やだ」
「……」
「諦めたら?」
「いや」
「大人しくしててくれたら優しくするから」
「……」
「無理矢理が良い?」
「……」
「シーリン」
「痛いの、は…嫌」
「なら、優しくしてあげる」
「シーリン、ラス様を知りませんか」
「知らない。呼ぼうか?」
「お願いします」

「――ラスティール」

「シーリンを使うなんて卑怯よ!」
「ありがとうございます」
「お礼はケーキで!」
「わかりました」
「え、無視なの?」
「行きますよラス様」
「えぇー…」
「がんばってねー」
「はーい」
「一人なんて珍しいな」
「一服盛った」
「……マジ?」
「大まじ」
「効いたのか?」
「効いたんでしょ? 私がここにいるんだし」
「それもそうか…。――で、どんな薬使ったんだよ」
「アルカナのマスターがくれやつ」
「…それ、死ぬんじゃね?」
「大丈夫でしょ。魔王なんだし」
「そんな理由…」

「――…最近、よく夢を見るの」

 ベッドに寝そべりだらけ気味の私を冷ややかに一瞥すると、アゲハはまたすぐ自分の手元に目を戻した。

「どんな?」

 ナイフの手入れは続けながら、一応話を聞いてくれるつもりはあるらしい。

「クロロと二人でいた頃の夢」
「…そんな話あたしにされても困る」
「どうして?」
「あたしはあんたをそのクロロとかいう奴と会わせてやる事も代わりになる事も出来ないからさ」
「……そうね…」

 痛くも無いところを突かれて言葉に詰まったのは、諸々の罪悪感からだ。誓って、私はアゲハをクロロの代わりにしようと思ったことは無い。

「会いたいなら探せばいいだろ」
「そんなに簡単じゃないのよ」
「見つけて欲しいのか?」
「それも多分違うわ。見つかったら逃げ出しそうだから」
「会いたいのに?」
「…会いたくない」
「嘘だな」
「本当よ」
「会いたいけど会ってどうしたら良いか分からない、って顔してる」
「……本当?」
「あんたと違って、あたしは嘘を吐かない」
「……だってどんな顔して会えって言うのよ。私、黙っていなくなった挙句もう六年も音信不通してるのよ? …忘れられてたりしたらどうしよう…」
「乙女か」
「…十四の貴女より十六の私の方が乙女的な歳だと思うけど」
「中身はとんだ年増だがな」
「おだまり」
「おぉ怖い」
「ヴェール」

 虚空へ一度、短く声をかけて並び立つニクスとメルメリに目配せする。二人が同時に頷くと、前触れも無く周囲の景色は一変した。


「おかえり」


 《空間》を操る魔族ヴェールは、青い薔薇の咲き乱れる園で私たちを迎える。そこはもう王宮の廊下ではない。《青の離宮》の周囲に広がる《迷いの森》で神封じの結界の一端を守る東屋の一つだ。

「「ただいま」」

 声を揃えた二人はそのまま姿を消す。二度目の《空間転移》は王宮の結界に阻まれる事が無いため自力だ。

「…気になる?」

 二人に続こうと魔力を紡ぎかけて、腕の中へ注がれるヴェールの視線に気付く。

「後でね」

 悪戯っぽく笑って言うとヴェールは驚いたような顔をした。気にせず魔力を紡いで《次元の狭間》を飛び越える。
 銀色の軌跡を纏いながら降り立った青の離宮のエントランスホールには、ニクスとメルメリ以外の同族の姿もあった。

「この子はシーリン。私のだから、リー以外は触っちゃ駄目よ」
「言いたい事はそれだけですか」
「えぇ」

 とりあえず釘を刺して、さも不機嫌そうなレイを笑顔でやり過ごす。呼ばれる前に自分から現れたリーは何もかも心得た顔でシーリンを受け取った。

「よろしくね、リー」
「はい」

 これでレイの事は問題無い。

「…後で面倒な事になっても知りませんよ」

 リーの笑顔に二秒と耐えられずレイは姿を消した。それを見たソルが「意気地の無い」と仕方のない事を言いながら唇の端を持ち上げる。「ポーカーフェースが崩れてるよ」と、静かに指摘するヴェールもにやけ気味だ。

「私はもう決めた。後はお前たちだ」
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